チャーミンング・スター(一)
空はどんよりとしていた。今日も雨が降りそうだ。それもそのはずで、東京はもう梅雨入りしている。
例え歴史が変わったとしても、地球の環境までは変えられない。風任せの大航海時代から、ジャンボジェットが引退する時代となっても、風に逆らうことが手間であることには変わりない。
その『ジェット気流』に乗って飛んでくる黄砂も、梅雨の時期はお休みである。
東京の空を覆う、ガラス張りのドーム。
通称東京ドームは、清帝国からの頼みもしないこの『贈り物』で薄汚れ、日当たりが悪くなる。
天照大神を崇める日本人にとって、『太陽の恵み』がなくなるのは大変困るのだ。
梅雨の雨は、人に甚大な被害を与える一方、その他の生物には大いなる恵みをもたらす。
雨で溶けるようになったのは『人間の都合』であり、いわば進化とも言える。
現状を打破して、新しい命を創る。それが自然の摂理だ。
ガラス越しの空を見上げながら、弓原徹がそんなことを考えている、というのは判らない。
なにしろ『曇った眼差し』である。それは判別できない。
弓原は昨日『天気予測』を外してしまい、こっ酷く怒られたからだ。しかし幸いにも『梅雨警戒期間』ということもあって、大事には至らなかったのだが。
「どうも最近の天気は読み辛いよなぁ」
伸びをして屋上を後にした。
屋上が好きな人は余り居ないが、弓原はよくここへ来る。
一人になりたいときとか、何かスッキリしたいときにだ。
大きく伸びをすると、心の中のもやもやが飛んで行く気がする。
『気がする』というのは、科学者でもある弓原の言葉を借りて言えば、それが『証明されていない』からである。
何事も事実を積み重ねて調査した結果と、それを前提とした考察。そして第三者による証明が必要だ。
屋上で伸びをしただけで、上司に怒られたモヤモヤが吹き飛ぶだなんて、そんなことが事実であるはずがない。
弓原は気象省の観察局に戻った。
そこは暗い部屋で、三つの気象衛星からの情報が刻々と送られてきて、それがモニターに映し出される。
部屋の天井には、そのモニターが映す気象予測士の影が、ゆらゆらと踊っていた。
「何処行ってたんだ?」
「あぁ、ちょっとな」
弓原に声を掛けてきたのは、一年先輩の狩谷蒼である。二人は大学時代の先輩後輩でもあった。
まぁ、こんな説明は、彼ら『気象予測官』には不要である。
何故なら気象予測官と言えば、官立東京大学気象学部出身と相場が決まっているからだ。
だからここは、大学の『研究室の一部』と言っても過言ではない。
先日も二人の師である『天然』こと雨ノ宮天然教授と、共同研究の成果を発表したばかりだ。
「そんなことより、これちょっと見てくれよ」
話が長くなりそうなのを察知してか、狩谷が弓原に示す。
そこに映し出されていたのは、東京上空に現れたポツポツとした黒い点である。
実際に黒い訳ではないし、液晶モニターのドットが飛んでいる訳ではない。そんなことが無いように亀山製を使っているのだから。
黒いのは、コンピュータによって弾き出された計算結果が、人に判りやすく警告をするためだ。
言わば『死ぬぞ』の警告だ。




