ハッカー殲滅作戦(七十四)
「黒松、何か判ったかい?」
ドスの効いた小声。それでは用を足した後のように、震えあがってしまうではないか。
「まだ何も」「何だいそれ」
薄荷乃部屋の来賓席でヒソヒソ話す。
「だって見た感じ『練習』だし」「時間ないんだから早くしなっ」
黒松の意見は正しい。しかし、黒沢の意見も正しい。その場合、どちらを優先させるべきかは、言うまでもない。
「行動可能時間はどれ位だい?」「三十分ですね」
スクリーンに沢山並んでいる数値。その中に『時間』を表すものはない。しかし黒松は、カウントダウンしていく数値が『バッテリー残量』であると睨んだ。その数値と腕時計の秒針で計算したのだ。
「短くないかい?」「そうですねぇ。でも、充電時間も短い」
ミントちゃんが、イチゴちゃんの背中に着艦すると充電が始まるのだろう。しかし、それが速すぎる。一分も掛かっていない。
「バッテリーパックを交換しているのかい?」「あっ、そうかも」
黒沢の質問に黒松が同意すると、黒沢は『チッ』と小さく舌打ちした。これは結構厄介な問題だ。
「武装も交換するのかね?」「でしょうね」
再び黒松が同意する。再び『チッ』と小さな舌打ちが聞こえて来て、黒松は黒沢を見た。黒沢は渋い顔だ。
「だから、まだ『練習』だしっ!」「何も言ってないだろ!」
声が大きかったのだろう。暇そうにしていた本部長が、チラリとこっちを見る。黒沢はそれに気が付いた。
「戦闘訓練が始まってからですよ!」「馬鹿っ! 黙れ!」
前を向いたまま、左手で黒松のわき腹を摘まむ。ブヨブヨだ。
「痛っ」「だから黙れ!」
黒沢の陰から、こちらに歩いて来る本部長の姿が目に入った。黒松は咄嗟に『自分の立場』を思い出す。
やぁばっ。ほっといてくれよ。スクリーンの方見ないと。
任務任務。あぁ、もうこんな任務は願い下げだ。ええっと、確か配役は『黒沢少佐』と『黒松大尉』だ。
黒沢も前を見ていたが、『視界に入ったから気が付いた』という体で本部長の方を見る。
黙ったまま『何か用かね?』な顔をして睨み付けるが、効き目がない。ではと思い、今度は『ほっとけ』とばかりに睨む。
しかし本部長は、ニコニコしながら近付いて来る。
「どうですか?」「どうとは?」
ニコニコ顔の本部長に、黒沢が渋い顔で聞き返す。
「失礼しました。予算に見合いますか?」「いや。まだ練習だろ?」
「その通りです」「じゃぁまだ判らん。戦闘訓練は何時からかね?」
「この充電が終わったらです」「そうか。じゃぁもう少し見るか」
「承知しました」「よろしく頼む」
互いに会釈して、本部長は来賓席を去っていく。
黒松は正直ホッとしてた。しかし、黒沢は気を抜いていない。少し離れた所で、本部長の足が止まったからだ。
「『大佐』は、お元気ですか?」
ニコニコ顔の本部長が振り返って聞く。目がマジだ。




