ハッカー殲滅作戦(七十)
「作戦開始まで、あとサン・マル秒」
富士演習場で大規模な演習が始まる。どんよりとした雲だが、雨の気配はない。作戦指揮車内では緊張が走る。生唾を飲む音だけが聞こえ、無駄口を叩く奴は居ない。
「フタ・マル秒前。全機正常。計器オールグリーン」
アンダーグラウンドに見立てた『バラック』が、演習場に造られており、そこを実際に進軍させるのだ。
担当する兵士達は、この日の為に『専用シミュレータ』で訓練を重ねて来た。今日は実機を使った初めての訓練である。
「キュウ、ハチ、ナナ、ロク、ゴー、ヨン、サン、フタ、ヒト、マル。作戦開始。全機発進せよ」
本番は二百五十機の『自動警備一五型』と、その背中に搭載された合計二千機の『調和型無人飛行体』による攻撃だ。
アンダーグラウンド掃討作戦は複数の大通りを同時に侵攻し、ネズミ一匹逃さぬ決意で遂行される。
はびこるテロ組織の、正に『掃討』と言えるのだ。
人工地盤上の市民に発表は、何もしていない。だから気が付かれることはもちろん、被害などあってはならないことなのだ。
秘密裏に行われる作戦としては、過去最大である。規模が規模だけに、失敗は許されない。正に、陸軍の『メンツ』が掛かっている。
今日の演習は『大通り一つ分』だ。だから、五十機のイチゴちゃんと、四百機のミントちゃんを投入している。
早速ミントちゃんが飛翔を始めた。飛び出すと直ぐに三段の陣形を組み、地面からの高さ二十五メートル以下を進んで行く。
操縦者は二十五メール上空の『部隊長役のミントちゃん』を操り、配下のミントちゃんに指示を出す。全機のカメラを必要に応じて切り替えて、直接確認することもできる。
高台の急ごしらえのテントの中、天幕を上げて操作を行っている。
隊列の様子を目視で確認するためだ。シミュレーションでの動きを思い出し、それと実機での動きを比較。違いを吸収するためだ。
だから初回は昼間の開始だし、目視確認も行われる。
「大幅な違いはあるか?」
上官が操縦者に声を掛けた。操縦装置は二人一組で行う。一人が操縦者、もう一人が補助者だ。
「違いはないですね」
作戦マップとマニュアルを持ち、計器をモニタリングする補助者が答えた。マニュアルと実機の違いについて、交互に確認中だ。
「そうですね。違いがあると言えばぁ」
ジョイスティックをクイクイと動かす操縦者が、モニターに映る映像と実機を交互に確認中だ。
「何だね? 遠慮なく言いなさい」
そう言われても、直ぐには答えられないらしい。まだクイクイやっている。どうもシミュレータと実機で、決定的な違いがあるようだ。
「風が強いですねぇ」「あぁ、なるほど。それは仕方ないなぁ」
他の操縦者も、一斉に苦笑いで頷いた。それもそうだ。アンダーグラウンドに風は吹かない。だから今日の風は想定外だったようだ。
それでもそれは、『人工知能三号機』の学習が終わるまでの辛抱だ。機体は直ぐに安定し始めるだろう。




