ハッカー殲滅作戦(六十九)
「おい。バックアップ終わったか?」
そう言いながら、男はあらぬ方を見ている。
「もうちょいだ」「早くしろ」「あぁ」
言われた方の男はさっきから忙しい。しかし手伝いは不要だ。
隊長から渡された資料を基に、コソコソ作業をする男と、入り口で様子を伺っている男。どちらも清掃作業着で、サーバを取り扱う人間には見えない。
足元に、本来の作業を行う筈だった者が、ガムテープでグルグル巻きにされて転がっている。
これでは『ほらね。だからバックアップ作業は二人一組でやりましょうって言ってるんですよ』と、言うこともできない。
「よしっ、終わった」「OK。行くぞ」「じゃぁなっ!」
席を立って足元の男に挨拶。足早に立ち去るのみだ。
『ムームー』と言っているのは、多分『解いてくれ』と言っているのだろう。しかし、願いは届かなかったようだ。
清掃作業着の男二人は、ビルの駐車場にやって来た。するとそこに、清掃作業用の安っぽいバンがやって来た。
二人の前で急ブレーキ。同時にスライドドアが開く。二人が飛び乗ると、バンは直ぐに出発した。
「上手く行ったか?」「あぁ」
運転手がチラっと後ろを見て成果を確認し、返事を聞いて直ぐに前を見る。螺旋の通路を下って行くと、社内は揺れ始める。
「データくれ」「これだ」
そんな中、スライドドアを開けた男が手を差し出した。揺れる車内で落とさないように、しっかりと渡されたUSBメモリ。
それを、手元のノートパソコンに差し込む。
「一旦、部長で抽出だ」
ノートパソコンを押さえながら、キーボードを叩く。
「居なかったら、どうする?」
警備だけしていた男が聞く。
『タン!』「そのときは『もう一回』だなっ」
ENTERキーを叩いてから、ニヤッと笑う。
「勘弁してくれよぉ」「大丈夫かぁ」
サーバ担当の男と、運転手の男が苦笑いで言う。
果たして結果は如何に。アクセスランプがピコピコ点滅している。
「おっ出たぞ!」「待てっ! 守衛所だ!」
車内は急に忙しくなる。パッとパソコンを隠し、掃除屋の振りだ。
車は一旦守衛所で止まる。運転手が車の窓を開けて、守衛に手を上げた。
「ご苦労さまです」「入館証二枚、お返ししまーす」
守衛が伸ばした手に、既に外したゲストカードを渡す。バンは運転手の笑顔を残してゆっくりと走り出す。
そこから更に、あと一周グルっと回ってビルの外に出た。
「良しっ、もう良いだろう」
運転手の合図で、車内に安堵の空気が流れる。NJSビルを出てバンが走り始めたのは、アンダーグラウンド。運転は慎重に。
今日掻っ攫って来たUSBメモリには、NJSの人事システム『人神』のデータが入っている。
今日バックアップされた、最新のデータだ。
「居たぞ! 高田孝雄だ」「コイツがイーグルかぁ」「へぇ」
後の三人がノートパソコンを覗き込んで叫ぶ。だから、運転手が気になってバックミラーをチラっと見るが、見える訳もなく。
すると、ノートパソコンの男が判ったのか、ノートパソコンを持って向きを変えた。笑顔で画面を差し出したではないか。
暗い車内で光ったのが判ったのだろう。運転手は真剣な顔で、もう一度バックミラーを覗き込んだ。それが直ぐに苦笑いに変わる。
「何か、凄い『悪人面』だなぁ」「だろぉ?」「ハハハッ」
隊長から聞いていた『悪評』そのままの顔に見えたからだ。
「こいつぅ、女、何人も囲っていて、事実上『住所不定』だとさっ」
「この顔でぇ? 金かなぁ? 絶・対・悪いことしてるじゃぁん」
「これじゃぁ、俺達の方が『善人』に見えちゃうよなぁ」
「言えてる、言えてるぅ。俺も『ハッカー』目指すかぁ」
「お前無理だよっ!」「やっぱりぃ?」「まずスマホにしろよぉ」
「おい『ブラックスワン』って奴も調べろよ? 部長なんだろ?」
「あぁ、そうだな。いけねぇ、いけねぇ」
ノートパソコンの男が、再び検索を開始する。
ハッカー集団『ミントキャンディーズ』の本名は、全員非公開である。しかし、その『内通者』から、本名を聞いているのだ。
「こいつだっ」「おぉ、結構美人じゃぁん」「どれ。ホントだぁ」
三人は若かりし頃の『富沢朱美』見て叫ぶ。そう。それは、可愛い新人だった『あの頃』の写真だ。
社員証の写真。女性は差し替えを、頑なに拒否することが多い。
まぁ、気持ちは判らんでもない。しかし、表示されている住所に『沢山の男達』が、押し掛けることになるだろう。




