ハッカー殲滅作戦(六十八)
「全機スタンパイ完了。戦闘開始まで三十分。演習場応答願います」
朱美のコールが薄荷乃部屋に響く。台本通りの棒読みだから抑揚もない。
まるで『機械音声』のようであるが、逆にそれが臨場感となる。
「こちら富士演習場。通信回線良好。全機充電完了。異常なし」
直ぐに応答があった。こちらは逆に抑揚がある。演習とは言え戦場なのだ。それなりの緊張感で、気分も高揚するのだろう。
「予備の衛星回線に接続します。スタンバイ」
今度は富沢部長がコールした。声だけ聞いていれば若人。いつもの地声より、少し声が高くなっている。
「衛星回線切り替え。良し」
宮園武夫のコールは、いつも通りのダミ声だ。
「こちら富士演習場。予備通信回線接続確認。感度良好です」
少し間があって返事があった。ここまで手順通りだ。直ぐに切り戻す作業に入る。
そこで突然、普段使わないドアが開く音がする。来賓用出入口だ。
扉から現れたのは、本部長が先頭。その後に客人が二人だ。軍服を着ているので、明らかに軍関係者だ。
そのままドア前の来賓席に案内する。二人は一礼して上官が席に座る。その後ろにお付きの者が立つ。
すると上官がお付きの者に『座るように指示した』本部長も『どうぞ』と勧めている。
二人が座ったのを見て、『帽子は机にどうぞ』と案内する。しかしそれは上官が『任務中』とばかりに断ったようだ。
スケジュール通りの確認が続いている。
深く帽子を被ったままの険しい顔つき。珍し気に辺りをキョロキョロすることもなく、正面のスクリーンを凝視して早速任務を始めたようだ。どんな任務か。
それは、本部長には預かり知らぬことだ。
互いに一礼して本部長がこちらにやって来る。それに合わせて高田部長が牧夫を手招きする。
司令官席に本部長が座ると、その前に二人が並んで立った。コソコソ話始める。
「結局、何処まで行っちゃったんですか?」
言われた本部長は客人に見られない位置に顔を動かし、ニヤリと笑いながら、二人を交互に指さした。
「何処までだと思う?」「御徒町」「蔵前橋通り」
込み上げる笑いを懸命に堪えている。チラチラと客人を気にしながら、本部長は手を口に添えた。
「寛永寺のフェンスまで行っちゃったんだよぉ」
本部長はニトロを使うのは初めてだった。
「ニトロどんだけ入れたんですか!」「行きすぎですよぉ」
「ちょっと多かったみたいだから、帰りは減らそっと」
早退するのを忘れていて、帰りも高田部長と競争するつもりなのだろうか。それとも、心臓破りの坂を一気に駆け上がるのに使うつもりなのだろうか。
どちらにしても、二人は賭けを外したようだ。
「じゃぁ、俺がニヤピンで勝ちなっ!」「何々? 何賭けたの?」
食い付くように本部長が身を乗り出す。
「コーヒーですよ」「何だみみっちぃ」「こいつそうなんですよぉ」
直ぐに白ける。勝っても嬉しそうにしていないのは、景品がセコかっただけだ。本部長が渋い顔で、牧夫に言う。
「じゃぁ、俺にもコーヒー頼むな。今度はブラックな」
「えええぇっ」「そこはハイ喜んでだろぉ。ホントノリが悪いなぁ」
断ろうにも断れない雰囲気を感じて牧夫苦笑いだ。
しかし、どうせこうなることは予想出来たのだ。予想出来なかったのは、本部長の飛距離だけだ。
「所で、あの客人はどちらさまですか?」
客人から見えないように高田部長が手の平で指す。
「あぁ。『大佐』の紹介でな。黒沢少佐と、黒松大尉だ」
チラっと客人の方を見て、小声で答えた。
「ちゃんと軍に照会したんですか?」
怪訝な顔で高田部長が問う。しかし直ぐに返事が。
「大佐の紹介じゃ、照会したってダメだろう?」
顔を突き合わせるように身を乗り出して、ヒソヒソ話す。
「そうでした。『切手』ないですし」
「あぁ。俺も切らしてるんだ。なあぁ? 実家に電話するかぁ?」
ヒュッと指をさして、少し笑いながら聞き返す。
「そぉれぇはぁお断りです。何言ってるか判らないのでっ」
「だっろぉぅ」
本部長と高田部長がコソコソ話すのを、牧夫は知らんぷりをして『聞いていない振り』をしていた。わきまえているつもりだ。当の二人は安心して話している。
何故なら、牧夫の存在感はその程度、だからだ。




