父はハッカー(十)
「それは、歩数計です」
帰国子女が『万歩計』などという『商標』を知っているはずもなく、ベタな機能で答えた。
だから山崎には、手に持ったそれが『何なのか』を説明されても、理解できないでいる。
「これは何メガなの?」
今度は縦に振りながら山崎が聞き返す。
やはり山崎は、それが単に『歩いた歩数と消費カロリーを弾き出す機械』であることに、気が付いていない。
「メガ? ですか?」
「そうよ。一応答えなさい」
吉沢は困っていることに違いなかったが、少し考えて答える。
「0.01メガ でしょうか」
「あはは。10Kなの?」
そんなメモリ容量では、何も入らないと思った山崎は、右手に持った蓋を再び歩数計に戻し、机の上に放り出して笑い始める。
「そんなんで、何を入れるの?」
そう言うと『哀れなうさぎ』を見るように、吉沢を見た。
困った吉沢は、それでもおどおどしながら答える。
「毎日のデータとかです」
「毎日入れるの?」
情報漏洩が毎日行われていたのか。そう思って山崎は声を挙げる。
「はい。歩数を数えて、それをパソコンに送るんです」
そう言われて山崎は、再び歩数計を手に取る。
小さな液晶が付いていて『1,532歩』と表示されていた。小さなボタンを押すと『57kCal.』と表示が切り替わる。
山崎はちらっと吉沢の表情を見た。吉沢の表情は先程と変わりはない。未だ怯えたままだ。
山崎はそれを見て、薄ら笑いを浮かべて言う。
「あなた、全然歩いていないじゃない」
「はい。エベレータばっかり使っていたので」
「だめねぇ。太るわよ」
「すいません」
吉沢のすいませんが何に対してなのか。それは人により受け取り方が違うだろう。
それでも山崎は、吉沢の私物から一気に興味を失った。
「じゃぁ、服を着なさい」
「はい」
山崎の言葉を待っていたかのように、吉沢は机に広げられていた自分の服を集め、裏返しにされたポケットを一つ一つ戻し始める。
どうやら持ち物検査も、終了のようだ。
山崎は、机の上に置かれた吉沢の靴を取上げると、さっき確認した踵を再び『ぷにぷに』と押す。どこかに隠しポケットがある筈だ。
何だ。やはり普通の靴だ。何も見つからない。




