ハッカー殲滅作戦(五十九)朝の狂騒
「あなた。ぬか漬けも出して下さる?」
翌朝、本部家の食卓。そこには京子が一人で朝食を頂いている。
「ハイハイ。少々お待ちを」
エプロンをした本部長が、丁寧なお辞儀。
「よろしくねぇ。ホホホ」
普段見ない『ペンギン印のエプロン』は、京子が縫ってあげたものだ。中々似合っている。
本部長は頭を上げて京子に少々ぎこちない笑顔を魅せると、ちょこっと会釈して台所へ行く。今度はぬか漬けぇ。
「ぬか漬けだって。どうしよう。ぬか床どこだか知ってるか?」
小声で聞くのは台所で待機する高田部長だ。客人に聞くのも変な質問なのだが、何とかしたいその一心だ。
高田部長はニッコリ笑うと、小声で耳打ちする。
「冷蔵庫に入っていますよ。『良い感じに漬かってる』って」
アドバイスまで付け加えた。本部長は『すまんな』の礼を無言で済ませ、冷蔵庫から『ぬか漬け』を持って行く。
「良い感じに漬かってるなぁ。流石だよ」
笑顔でトンと置く。すると京子はパッと笑顔になった。
「あら。ありがとうございます。このお味噌汁も美味しいわぁ」
一口飲んでいたシジミのみそ汁を、京子はテーブルに置いた。
「昨日から砂出しして置いたから、ガリっと来ないだろう」
ちょっと棒読みっぽい。まるで『さっき教わったセリフ』を思い出したようにも聞こえるではないか。
それでも京子は終始笑顔。クスクス笑いながら次の注文をする。
「お醤油も取って下さるかしら」
本部長はペチンとおでこを叩く。そうだ京子は『目玉焼きには醤油派』だった。申し訳ナス。
「直ぐにお持ちします」
両手で揉み手して台所に飛んで行く。嫌われたくない一心だ。
「醤油だよ醤油! 昨日のお刺身で、全部使っちゃったよぉ!」
仕事では決して見せない本部長の焦り。牧夫はそっちに対して驚くばかりである。
声が大きかったからか、京子の耳にまで届いてしまったようだ。口を押さえて、必死に笑いを堪えているではないか。
「大丈夫ですよ本部長。戸棚の醤油さしに、ちゃぁんと『いつもの濃口』を足してありますっ」
落ち着かせるように少し大きめの声。すると今度は、両手で『すまんなぁ』の礼を無言で済ませ、戸棚から醤油さしを持って行く。
「えっと、いつもの濃口を足して置いた。よ」
やっぱり棒読みだ。京子は何か喋ると、本当に吹き出してしまいそうなので、口を押さえたまま細かくお辞儀して目で礼を送る。
手で『そこへ』と指すと、本部長は『タン!』と置いて、その場を逃げ出して行く。
「いやぁ。良かったよぉ」「お役に立てて光栄です」
二人はガッチリと握手。それを上下に何度も振りながら、そっと食卓を覗き見る。すると京子が、上機嫌で食事を始めていた。
牧夫は一人、何かのコントを見ている気分だ。
「温かい内に、皆さんで頂きましょう。どれも美味しいわぁ」
京子の優しい声がしてガッツポーズ。男達の朝食も始まるようだ。




