ハッカー殲滅作戦(四十七)狙われた情報
週休三日になったら、土日の他に休みたいのは何曜日?
それは断然、『水曜日』だろう。つまり今日である。琴坂牧夫は溜息を付いて、残業中だ。そこへ鼻歌混じりに、高田部長がやって来た。
「牧夫、お前まだ残業していたのかぁ」
いつものおちょくった言い方。もう誰もいなくなったフロアを見渡して、笑顔で牧夫を指さす。
「そりゃぁ定時五分前に、仕事を押し付けるからでしょうがぁ」
どうやら元凶は高田部長のようだ。まぁ、それもいつものことだ。
当の本人は時計を見て『まだ定時前じゃん』と思っている。高田部長にとって定時とは、二十二時のことである。
互いに顔を合わせてもいない。二人だけになったオフィスで、高田部長は無駄な電気をパチパチと消し、牧夫はディスプレイに向かっていたからだ。
「ちょっとぉ、まだ居ますよぉ!」
牧夫は真上の照明が消されて、思わず顔を上げた。
そこで初めて高田部長の方を見て、渋い顔をする。だって、いつも通り、にやけているし。
「おぉっ、存在感なくって消しちまったよぉ。俺に謝れっ」
いつも通りの理不尽さである。牧夫は再びディスプレイに戻る。早く仕事を終らせて、家に帰りたい。
「どういう理屈ですかぁ。点けて下さいよぉ」
「だって蛍光灯は『一回スイッチを切ると寿命が一時間縮む』って言うだろう? 経費節減できないじゃないか」
視界に入っていては仕方ない。高田部長に指さされて、牧夫はチラっと見て直ぐに戻る。
「知りませんよぉ。それに寿命が縮むのは、ONしたときですよぉ」
「じゃぁ、俺にちゃんとお願いしろよぉ」
今度は自分を指さして、無駄なアピールしている。
「何ですかそれ。何てお願いするですか?」
カチャカチャとキーボードを叩きながら、一応聞いた。
「『私の仕事が遅くてすいません。残業しないと部長に怒られるので、どうか電気を点けて下さい。蛍光灯と電気代は、残業代から引いておいて下さい』だよぉ」
「帰ります!」
牧夫はスッと立ち上がった。目がマジだ。しかし高田部長は笑いながら歩いて来る。
「牧夫、その方が『必死感』が出て、仕事できるように見えるぞ? 良かったなぁ、新しい発見だ」
そう言いながら牧夫の所まで来ると、笑顔のまま肩を力づくで押し込んで椅子に座らせる。俗にいう『圧力』という奴だ。
「これなぁ『コラ画像』が作れるソフト。ちょっとやろうぜっ」
USBメモリを取り出して、牧夫の前で振る。ニヤニヤといやらしい顔は、碌でもないことを考えている証拠だ。
「何やってるんですかぁ。もぉぉ」
「良いから入れろっ。部長命令だ!」
高田部長からの命令は複雑怪奇だ。『朝令暮改』が凄くマシと思える程に。
牧夫は嫌々USBメモリを受け取ると、作業中のファイルを保存してからパソコンに挿す。すると、エラーが現れた。
『(!)自動実行を阻止しました』
牧夫が組み込んだ『防御プログラム』の仕事だ。何だよと思って、渋い顔で振り返る。
「何仕込んでるんですかぁ」
「チェック済だから、早く入れろ!」
どうせ『人のPCだ』と、思っているのだろう。
「えぇぇぇっ」
高田部長が一番信用できぬ。何をチェックしたのか。
『高田部長のPCに入れろよっ!』
とは言えない。言ってみたい。しかし、従うしかない。それが『会社組織』と言うものだ。
文句があるなら偉くなれ。それは、いつも本部長が言っている言葉だ。高田部長は人の文句を聞かないので、そんな叱咤激励をしてくれる筈がない。絶対に。
「インストール終わりましたよ?」
プログラムとしては、大したものではない。直ぐに終わった。
「起動しろ」「はぁい」
起動も直ぐに終わる。未編集状態で画面が静止した。牧夫はメニューを端から表示させて、機能を確認し始めた。
「何か暗いなぁ。牧夫みたいだなぁ」
ディスプレイを凝視していた高田部長が、上を見てから呟き、照明スイッチの方に歩いて行った。




