ハッカー殲滅作戦(四十五)
楓が異変に気が付いたとき、店内は白い煙に包まれ始めていた。
「GO! GO! GO! 突入せよ!」
躊躇なく叫ぶ。中継車のドアが開いて、楓指揮下の部隊が次々と飛び出して行く。カモフラージュの普段着だが、屈強な男達だ。
残ったのは運転手だけ。エンジンをスタートさせて待機。予定では四十秒で戻る筈だ。何度も訓練して来た。
入り口に立っていた黒服をあっという間に制圧して、店内になだれ込む。部隊を半分に分け、厨房とフロアに向かう手筈だ。
風の流れから、白い煙は厨房からのよう。楓は素早くハンドサインで指示を出すと、部下を一人連れて自らは厨房に向かった。
力自慢の部下達をフロアに急行させる。直ぐに制圧するだろう。
楓は特徴のある臭いで、白い煙が催眠ガスであると理解した。厨房が発生源なのだろう。既に天井付近まで充満している。
耳を澄ますと『シューシュー』と、ガスが噴き出す音。楓と男性隊員は、ハンドサインを交換してそこへ向かう。
男性隊員がボンベを見つけ、直ぐに栓を回し始める。楓は頷いて白い周りを警戒するが、もう厨房には誰もいないようだ。
再びハンドサインで、楓は『フロアに向かう』と伝えると、ボンベの所に男性隊員を残し、フロアに走った。
レジの所まで来ると、白い煙が胸の高さまで低くなった。そこで楓は、ようやく息継ぎをする。
白い煙を手で掻き分けたが無意味。仕方ない。それより既に、戦いは始まっている。どうやら楓の部隊は出遅れてしまったようだ。
突然楓の足元に、ガスマスクを着けたコックが転がって来た。
楓は遠慮なく頭を蹴り飛ばす。楓の足が、勢いで顔の前まで振り上げられている。そんな勢いで蹴られたら。
鉄板入りのブーツなのだ。さぞ痛かろう。
すると、目の前に琴美が現れた。ターゲット捕捉。後を追うように現れたのは、資料写真で確認した男、井学大尉だ。
ちらっと横顔が見えただけだが、白い軍服。間違いない。帽子は吹き飛んでしまったのか、被っていない。
泣き出した琴美を庇うように、仕切りの向こう、琴美の後ろから来た男を右アッパーでノックアウト。なかなかの強者だ。
続いて蹴り一発。これもノックアウト。今のは陸軍。同士討ち?
楓は驚いたが、深く考える暇はない。次の瞬間、今度は部下が大尉に向かって飛び掛かった。しかし、奇麗な回し蹴りを食らって反対側に消えて行った。凄い音。生きていれば良いが。
大尉は、サングラスやら、ガスマスクやら、何故かナイトビジョンまで装着した男達に取り囲まれながら、辺りを警戒している。
鬼の形相。正に『鬼神』だ。本職の軍人はこんなにも強いのか。知っているつもりで『こんな筈ではなかった』と言えば、それは『甘え』なのか、それとも『油断』だろうか。
突然大尉の顔がパッと変わった。どうした鬼神? 何があった?
楓は息を止めて様子を伺っていたが、大尉の後ろにいた琴美の表情を見て『プッ』と吹き出してしまう。一生の不覚だった。
大尉は何かを誤魔化すように、テーブルから勢い良く飛び出した。




