父はハッカー(八)
「貴方、インターネットに興味があるそうね」
「興味があると言うか、普通に使いませんか?」
女子社員同士の化粧室よろしく、二人だけの会話が会議室に響いていた。
二人には広すぎるテーブルの上には、さっきまで透明バックに入っていたものと、透明ではないバックに入っていたものが、全部ぶちまけられていた。
それを山崎が、一点づつチェックしている。
「インターネットを普通にって、何に使うの?」
山崎は、口紅と思しき物を手に取り、慎重に蓋を回す。
何処にも引っ掛かるような手触りはなく、捻りながらゆっくり回すと蓋が取れた。
「チケットの予約とか、友達のブログを見たりとか、です」
「チケットの予約は、インターネットを使わなくても出来るでしょ」
「いえ、あの、私が取りたいのは、海外のチケットなんです」
帰国子女らしい答えだ。
確かに。国内で催される行事の各種チケットは、税金を払う都合上、全て国に対して届出が必要である。
情報省のチケットコーナーから、何でも買うことが出来る。
それに対して海外分は、日本に税金を納める訳ではないので、並行輸入をする分を除けば、ジャパネットに出回ることはない。
「海外のチケットなんて買って、どうするの?」
愚問である。
海外のチケットを買ったら、海外に行くに決まっているだろう。
「観に行くんですが……」
質問の意図が判らずに答えた吉沢であるが、化粧ポーチの鏡を見ていた山崎は、顔を吉沢に向けた。
口元は相変わらず笑っているが、目は鋭いままだ。査察を続ける。
「それが貴方の『普通』なの?」
「え? えぇ、でも、たまにですけど」
「普通ではないのね」
「い、いえ、あの、チケットを探すのは普通ですけど、実際に買って、観に行くのはたまにです」
吉沢は慌てて前言を撤回し、それらしい理由を繋ぎ合わせる。
「友達のブログは?」
しかし山崎はその答えを聞く様子もなく、語尾に重ねるようにして更に問うた。
驚いたのか、黙っている吉沢に、山崎がもう一度問う。
「友達のブログを見るのに、インターネットが必要なの?」
手帳を一ページづつ捲る山崎からの問いが、再び吉沢の左脳に届いた。しかし、お腹が減っているときでもトイレには行くように、句点の前後で関連性が掴めなかった。
「インターネットしか、使ったことがなくて……」
語尾が擦れていた。それを聞いて山崎が、大きく息を吸い込んだ。
「ブログの公開にはセンダー(三級)の資格が必要なんだけど、貴方のお友達には多いの? それともレシーバー(二級)かしら? ネットに通じたお友達のブログを巡回するのが普通なのかしら?」
一気に捲し立てる。吉沢は尚も混乱するだけだ。
確かにジャパネット内で、ブログを公開するのには資格が必要である。言論の自由は、憲法で保障されている国民の権利だが、その発言には責任を持たなければならない。そう解釈されている。
吉沢は今年海外の大学を卒業して、母国日本の企業に就職した。
そして、海外勤務要員として、東京の本社で教育を受けている真っ最中なのだ。
国内のブログを観に行く程、親しい友人はいない。
「大学時代の友人です」
吉沢は辛うじて答えた。山崎ならば『大学時代』と言えば通じるに違いない。そう思っての答えだ。
確かに山崎には、それで十分に通じていた。
しかし、例え吉沢がそう思っていなくても、山崎にしれみれば、こう聞こえたのだ。
『海外の人間に決まっているだろう。馬鹿野郎。英語だよ英語』
こんな感じにだ。




