ハッカー殲滅作戦(四十二)
「一人で食べられますから」
大尉が恥ずかしそうにしながら、手付かずのミートドリアを琴美の方に差し出し、琴美の前のミートドリアンと入れ替えた。
「あら、そうなんですか?」
琴美は楽しそうに笑っている。そんな琴美の手からスプーンも奪い取り、代わりに未使用のスプーンを琴美に渡す。
それで大尉は安心した。いきなり間接キスなんてしたら、昇天してしまう。それだけは駄目だ。きっと靖国には入れない。
琴美はスプーンでミートドリアを一口分すくい取り、再びフーフーする。それをパクンと食べずに、大尉に聞く。
「美味しいですか?」
おおさじ二杯を口に放り込んでいた大尉は、喉が詰まった。ンガンガ言っている。琴美は左手で口を押さえ、笑いながら待つ。
「はい。美味しいです。冷めない内にどうぞ」
左手で胸を叩いてやっと飲み込むと、その左手で勧めた。
「では、頂きます」
微笑んでから、琴美も一口食べた。飲み込まずに良く噛む。その間に、注意深く口の中で探りを入れる。
舌に刺激は感じない。味も普通。ひき肉は牛肉の味。ドビソースのベースはハインツ缶。これ、間違いない奴。
そこに少しケチャップ? いや違う。これはトマトピューレ。カゴメ缶。バターは小岩井。うん。喉を通ってくる香りに異常なし。
特に変わった物は使っていない。これなら普通に再現可能。
「美味しいですねっ」
琴美は飲み込んで大尉に微笑んだ。返事はないが、また咳き込んでも可哀そうだ。
ふと、大尉の皿を見る。余程口に合ったと見えて、大尉は既に完食しているではないか。
流石、人に勧めるだけのことはある。大好物のようだ。
琴美は楽しくなってきた。もし『同じものを作れる』と言ったら、どんな顔をしてくれるだろう。
大量に作っても、物凄い勢いで食べてくれそうだ。男の人って、そんなにご飯を食べるのかしら? 軍人さんだから?
琴美は『素敵な未来』を思い浮かべて、気分が高揚してきた。
「これ、今度、私が作りましょうかぁ?」
琴美は二口目を皿の上で混ぜながら、大尉に申し出てみた。言っては見たものの、ちょっと恥ずかしい。髪に隠れた耳が赤いかも。
ちらっと大尉を見たが、反応がない。
あらヤダァ。聞こえなかったぁ? もう一度言う?
あぁでも、きっと楓は、今の会話を録音して、ゲラゲラ笑っているんだろうなぁ。どうしましょっ。
『ギャハハッ! 琴美ウケルゥ! 寮に男を連れ込むのかっ!』
実際、楓は笑い転げていた。琴美の苦笑いは正解である。
と、そこへ、不愛想な店員がやって来た。
「コーヒーをお持ちしました」
大尉は反応がない。琴美は手を伸ばすと、左手でソーサ、右手でカップを押さえるようにして、直接受け取った。
店員はもう一つのコーヒーを自分の真ん前、テーブルの真ん中に置いて、さっさと行ってしまった。
琴美はコーヒーを持ったまま、大尉を覗き込む。
何だか、少し目がトローンとしていて眠そうだ。不規則に目をパチクリして、何とか琴美を見つめているようにも見える。
それを見て、琴美は可笑しくなった。自分も経験があったからだ。『大切な授業』と判っていても、眠たくなることはある。
「お腹一杯で眠くなっちゃったんですか? コーヒー来ましたよ?」
優しく声を掛ける。そして、手にしているコーヒーを、そのまま手を伸ばして大尉の前に置く。
すると、大尉は軽く頷いて、目をパチクリと開けた。
右手でパチンと自分の頬を叩き『喝』を入れている。そして、そのままコーヒーカップを手にすると、目覚まし代わりなのか、気合を入れているのか、ブラックのまま一気に飲み始めた。
少々熱いのも目覚まし代わりなのだろうか。気にする様子もない。
「あっつくないですか? 気を付けて下さいね?」
琴美の優しい声を聞いて安心したのか、大尉は再び目をトローンとさせて頷いた。飲み干したカップを少々雑に置く。ガチャン。
「昨日、遅かったんですか? お仕事大変ですねぇ」
すると大尉は『遅かったんですぅ』と、まるで新婚の旦那が酔っぱらって帰って来たような、甘えた表情を見せる。
確かに琴美もそのときは、まるで新婦のように微笑んで大尉を見守っていた。そして、もう一つのコーヒーを自分に引き寄せ、手に取ると香りを楽しむ。そこで急に、琴美の表情が変わった。
「井学さん! これ飲んじゃダメ! 何か入ってる!」




