ハッカー殲滅作戦(三十七)
目的のイタリアン店は直ぐに判った。緑色の楕円の中に、限りなく赤に近いオレンジ色で『シャイディリア』と書かれている。
「ここです」「はいっ」
大尉がその看板を指さした。琴美は店の中を覗き込む。大尉は『着いてしまった』と残念に思う一方で、笑顔の琴美がガラスに反射しているのを見て満足する。どうやら凄く喜んでくれているようだ。
琴美は噴き出すのを堪えるのに必死だ。
店の中は監視カメラだらけ。あっちもこっちも。これは『下から写す奴』もあるかもしれない。きっと楓の仕業だ。良く探そう。
それにしても、店員も客も黒服でサングラスとは。服装も髪型も色々だが、男も女もサングラス。
きっと新宿では、サングラスが流行しているのだろう。
やはり『新宿はアウェイだなぁ』と思いながら、ちらっと琴美は大尉を見る。
大尉はサングラスをしていない。きっと配慮。優しい人だ。
二人は行列の最後尾に並ぶ。見える背中は黒服だ。すると、すぐ後ろから、同じような黒服を着た男たちが並び始めた。
きっと近所でお葬式があったのだろう。みんな渋い顔だ。なむぅ。
「お客様は、何名さまですか?」
「十五人です」
琴美の前は団体客だったらしい。やはり葬式の帰りなのだろう。
「少々お待ちください」
団体客に会釈した店員が、大尉の方に歩いて来た。
「お客様は、何名さまですか?」
「二人です!」
大尉の声が上擦っていた。凄く高い声だ。琴美は、また噴き出すのを我慢する。ちらっと大尉の方を見て笑顔を振り撒く。
「こ、混んでますね。すいません、予約しておけば良かった」
ビシっと決めた軍服には、似合わない態度だ。
「そうですね。待つのも楽しみましょう?」
琴美はそう言って腰から上を振りながら、大尉の腕を揺する。するとたちまち、大尉の顔が真っ赤になって行く。『はい』の返事も出来ない程に。
どうやら琴美の『おねだり仕草』は、大尉にとって刺激が強かったようだ。今度は良く練習してくることと、助言しておく。
「すいません。お二人さまを先に案内して宜しいですか?」
さっきの店員が戻って来て、団体客に聞いている。団体客は直ぐに頷いた。それを見た店員が、無表情のまま大尉の所へやって来る。
「二名様、どうぞご案内します」
「はい。どうもすいません」
返事をしたのは、笑顔の琴美だった。大尉の腕から手を離して、歩き始める。そして、団体客を追い越し際に軽く会釈して、お礼を言うのを忘れない。すると大尉も、慌ててお辞儀をする。
「良かったですね! お腹減っちゃったっ」
店内で、先を歩く琴美が振り返って笑顔を振り撒く。大尉は頷きながら、その笑顔を見惚れていた。しかし、直ぐに顔が赤くなる。
自分の右手が暖かい。それが琴美の温もりと、判ったからだ。




