父はハッカー(七)
吉沢の席に山崎がやって来た。
「吉沢さんですね」
「はい」
二人はお互いに面識がない。しかし山崎は、吉沢のことを知っているようだ。少なくとも名前は。
しかし新人の吉沢は、目の前の山崎が誰なのかは判らない。少なくとも社員であろうことくらいだ。
「ちょっと荷物持って、来て貰えるかしら」
「はい。どの荷物ですか?」
吉沢は答える。そして問うた。しかし山崎からの返事を予想できたのは、二年目の女性社員だけだった。
「貴方の荷物よ」
そう言って笑う吉沢の目を見て、二年目の城田は顔をしかめる。
「持ち物検査よ。吉沢さん、何やったの?」
城田は、隣の席に来たばかりの吉沢に声を掛けた。
山崎の視界に城田が入っていたに違いないのだが、山崎がその声に反応することはなかった。じっと吉沢の挙動を監視している。
吉沢が『手品師』のごとく、何かを何処かにあんな手やこんな手を使って、隠すかもしれないからだ。
または、山崎に催涙スプレーを吹きかけて『脱出』を図り、窓をかち割って外に飛び出した挙句、パラシュートで逃げるかもしれなかった。手には極秘情報を握って。
「時間がないから、早くして頂戴」
「は、はい。判りました」
どうやら吉沢は、親の都合で単に海外生活を送っていただけの、女のようだ。山崎の、決して男には言わない感じの、イライラを漂わせただけの一言で、完全に理性を失っているからだ。
普通の帰国子女であれば、訴訟の一つや二つを抱えても動じない程の気力を持ち、プライベートに踏み込んでくる輩がいれば、ハリセンでぶっ叩くはずである。
吉沢は机の引き出しを開ける。さっき入れたばかりの文房具を、山崎が用意した『安い海水浴用バック』へと乱雑に入れた。
中身がスケスケで、着替えなんて入れておいたら、男が振り返るという奴だ。
「鞄も持って来てね」
「はい」
吉沢の私物が無造作に入った透明バックでも、山崎が持てば高いブランドバックに見えないこともない。
マジックで『ブランドのマーク』を書いておけば、そんなバックもあるのだろうと、誰もが信じる。
それが『山崎』というブランドなのだ。
それには遠く及ばない『只の帰国子女』である吉沢は、もうションボリしながら、山崎の後に続き席を去った。




