ハッカー殲滅作戦(三十四)日本国民拉致
琴美は横断歩道を渡らずに、ライオンの前で待っていた。
三十分も前に到着してしまうとは、まるで『ガッツいている』みたいで、ちょっと恥ずかしいではないか。
何だかさっきから『あの子、ずっと待っている』と、ニヤニヤされているようにも感じているが、それはここ『ルミネ前広場』がアウェイだからだ。気にしないでおこう。
琴美は時計をちらっと見たが、まだ二分も経っていなかった。
スマホで退屈しのぎをするのも一つの手だ。周りもそうしている。
しかし初デートなのに、スマホを操作しながら『カリカリ』している姿を見られるのはよろしくない。印象が悪くなるだろう。
ここは『良い女』を演じる見せ場である。そう考えることにした。
おめかしだってしているし、盗聴器が内蔵されていなければ、『失くしちゃった』って言って、ガメたい高級バック。似合う?
靴だって久し振りのハイヒール。もう足が痛い。ちょっと『ツーン』とした顔をして遠くを見つめ、彼氏が来るのを待つ。これよ。
琴美は時計をちらっと見たが、あと二十五分。遅い。遅い遅い。
ここで『溜息』とか『ケッ。まだかよクソがっ』なんて呟いた日には、きっと楓が大学中にバラす。ここはグッと我慢だ。
「ねぇ、彼女ぉ、暇なのぉ? お茶しないぃ?」
さっきから待ち人の女の子に、声を掛けまくっているチャラ男が、あからさまに私だけを飛び越えて行き、これで三週目。クソがっ!
そのとき、琴美は時計ばかり見ていて気が付かなかったようだが、周りには『大勢の関係者』が詰めかけていた。
失礼なチャラ男は、海軍情報部所属。井学大尉に『美味しい思いをさせてはなるものか』と、琴美を移動させようとしている。
しかし、琴美のすぐ後ろ。チャラ男に凄みを利かせているのは、空軍情報部から依頼を受けた鬼教官。正に鬼の一睨みだ。
情報収集と、あわよくば『破局』を狙っている。
少し離れた所に『テレビ局の車』が堂々と路上駐車をして止まっている。車中にいるのは『ドラマの撮影スタップ』風の吉野財閥自衛隊・総帥近衛兵と情報部の共同班。スタンバイは完璧だ。
一先ずは望遠レンズで『大勢の関係者』を撮影し、所属を洗っている最中である。カシャン! これで十五人目。
琴美の反対側に控えているのは、731部隊の事務員だ。特技は電卓。特別に『休日出勤扱い』にして貰っている。
その事務員が、スマホで琴美の様子を伺っていて、誘導員に逐一連絡をしていたのだ。
「ターゲット、右を向きました。左、ガラ空きです」
「よし。じゃぁ左の死角から侵入せよ。大尉、練習通りに。深呼吸」
言われた井学大尉は、素直に深呼吸する。
「もう直ぐ正面になるかも。鳥出してっ。直ぐっ」
琴美は首を回していたが、『バサバサバサッ』っと音がした方を向く。この辺では珍しい、白い鳩だった。
「了解。では行きます。大尉、どうぞ。三・ニ・」
「お待たせしました」
黒子に誘導された井学大尉は、ぎこちない笑顔で声を掛けた。




