ハッカー殲滅作戦(三十一)
ボリボリと、チョコチップ入りのマフィンを食べている所に、朱美がご機嫌で帰って来た。
「ジャーン! これが『盗聴器付きバック』でーす!」
「ホントだぁ、それ借りたことあるぅ。ちょっと、やぁだぁ」
笑顔で突き出したバックは、当然のことながら『盗聴器付き』とは見えない。普通のブランドバックである。
琴美はちょっと大きめに残っているマフィンを、パクンと口に入れ、笑顔でそれを両手で受け取った。
そして、ひっくり返したり中を覗いたりして、盗聴器を探す。
「どふぉにしかけら、グフォッグフォッ」
お行儀が悪い。食べながら喋るからだ。片手で口を塞ぐと、楓がやってきて背中を叩く。
「なぁにやってんのよぉ。紅茶飲みなさいよぉ。もぉ」
と、言いながらパッとバックを取り上げる。背中を叩いてあげたのは、バックを取り上げるためだった。一瞬の隙を突いた作戦だ。
そして楓も、あちらこちら観察を始めた。首を捻る。
琴美は自分で胸を叩いて、喉に詰まったマフィンをやり過ごす。『紅茶の力には頼らない』そんな気概すら感じる。
「ちょぉっと、見ぃせてよぉ」
口の周りを手で拭いてから、楓が持っているバックに手を伸ばす。こらこら。手を拭きなさい。
しかし楓がまだ見ている最中なので、琴美の手は『ヒュッ』『ヒュッ』と、空を切るばかり。楓には琴美の手の軌道が読める?
朱美は自分の席に座って紅茶を飲みながら、そんな二人のやり取りを眺めていたのだが、永久に盗聴器が見つからなさそうだ。
「貸してごらん。ここにあんのよぉ」
楓に手を伸ばすと、楓は素直に渡した。琴美の手も引っ込んだ。
朱美がバックを手にすると、表と裏を確認し、取っ手が縫い付けられた場所を指さした。
「本体はこの中にあるの。ハンドルの中にアンテナ線」
テーブルの上に指さしたまま差し出した。
「こんな所にぃ? わっかんなぁい」「だねぇ。判んないわぁ」
楓も琴美も、身を乗り出して覗き込む。楓がそれを取り上げた。
目を皿のようにして見ているが、完全に縫い込まれていて判らない。これなら『中に何があるか』を調べることもされないだろう。
「これ、スイッチとか、ないの?」
楓がパッと気が付いたように聞く。リモコン式かと考えていた。
だから、朱美が笑顔で手を伸ばすと素直に返す。
所が朱美は、それを両手で持ち直すと、そのまま琴美の方に差し出したのだ。
琴美はパッとそれを手にしたのだが、目をパチクリして楓の方を見た。当の楓も、目をパチクリしているだけだ。
「スイッチないのぉ。もうね、ずぅっと垂れ流しぃ」
悪戯っぽく言って、朱美は両手を上にあげる。『もう渡したからねっ』ということだ。
「えぇっ、いぃやだよぉっ! なにそれっ」
「良いじゃん! いらんっ! 隣で聞いててあげるよっ!」
今度は琴美と楓の間で『押し付け合い』が始まったようだ。




