ハッカー殲滅作戦(十六)
「頂きます」「どうぞ召し上がれ」
猫のように手を伸ばすのは堪えて、琴美はゆっくりと紅茶を頂く。
まずは香りを楽しみ、確か『カップの正面を避けて』飲む。
一口頂いて『にがっ』という表情にはならないように注意して。
「結構なお手前で」
「いや、それは茶道ね」
マフィンを食べている楓から、『パンッ』と突っ込まれる。
ここまでが『琴坂流総本家』の御業。師範の面目躍如だ。
「マフィンもどうぞ」
噴き出すのを堪えている朱美から勧められて、琴美は静かに会釈する。パッと見、同じように見えて、その違いが琴美には判る。
「プレーン、チョコチップ、これはカスタード」
スラスラと言って退ける。楓は笑っているが、朱美は驚いている。
「あら、良く解ったわねぇ」
何だか笑いを堪えているようにも見えるが、朱美は体全体を傾けて、琴美のことを褒め称えている。
「では、カスタードから」
厳かに言って、琴美が手を伸ばす。しかし、琴美の宣言に反して掴んだのはプレーンだ。
「どうぞどうぞ」
朱美は右手で口元を隠し、笑いを堪えている。当分紅茶は飲めなさそうだ。
楓は自分の太ももを『パチンパチン』して笑っていた。
「結構なお手前で」
もぐもぐとマフィンを一口食べた琴美が、神妙な顔つきで言う。
「いや、だからそれ、茶道だからっ!」
楓にパンと肩を叩かれて、琴美は我に返る。どうもいつもの調子が出ない。まぁ、それも仕方ないだろう。
「そんなに緊張しなくて良いんだよ?」
「うっ、うん。ちょっとね」
楓に言われても、琴美の表情がいつものように明るくならない。
「どうしたの?」
朱美にも言われても、琴美は目をパチクリして頷くだけだ。
「そうよ。ねえ、どうしたの?」
楓にも心配されて、琴美は深呼吸を始めた。しばし待とう。
楓と朱美は顔を見合わせて肩を竦める。NJSの食堂で会食したときの方が、よっぽど楽しそうだったのに。
何をそこまで緊張しているのか不明だ。二人には理解しがたい。
「いやね、あそことあそこと、あとそこにも監視カメラが、ねぇ」
琴美が指さしたのは、絵画と花瓶と本棚だ。楓と朱美は笑い出す。
「なんだぁ、そんなこと? 大丈夫だってぇ」
「そうよ。防犯用だから気にしないで。でも、良く気が付いたわね」
そう言われても、琴美には信じられない。自ら監視カメラを設置する住人がいるのだろうか。目の前の二人以外に。
「盗聴器も、仕掛けられていますよね?」
バックの中に入れているスマホが玄関からずっと『ビービー』鳴っていて止まらない。この振動は『盗聴器有』の警報だ。
「そりゃそうよぉ」
「それも防犯用だから、気にしなくて良いのよ」
そう言われても。琴美は凄く気にするタイプなのだ。




