ハッカー殲滅作戦(十五)
「絶対、そう思っているよねぇ!」
琴美の後ろから、楓が抱き着いて来た。まるで『こんな面白い玩具は渡さない』とでも言っているようだ。
朱美はそれも面白くて、笑顔でダイニングに戻って行く。
「お茶にしましょうか。そちらにどうぞ」
振り向きながら言うと、楓がもう琴美をティーテーブルの方に引っ張っている。そして一緒に椅子に座った。
どうやら楓は、お茶の支度を手伝うつもりはないようだ。
それも有りだろう。朱美は目くじらを立てるつもりはない。
お客様を一人ぽつんとテーブルに残すより、話し相手とペチャクチャして、楽しい時間を過ごして貰う方が良いだろう。
朱美はオーブンの中を確認した。香ばしい香りがする。そろそろマフィンが焼き上がる頃だ。
楓から聞いたのだが、琴美は朱美のマフィンを、それはもう気に入ってくれたそうだ。嬉しいではないか。
こんなお茶会が出来るなんて、夢にも思っていなかった。
「お兄さんとお姉さんも、ご実家で一緒に暮らしているんだ」
「え? 違うよ?」
琴美と楓の会話が聞こえて来た。少し大きい声は、普段からそうなのだろうか。それとも朱美を一人にしないとの気遣いか。
楓らしいと言えばらしい。いや、琴美の方が先か。
朱美は会話にまだ入れない。それでもオーブン前で笑顔になる。
「そうなの? じゃぁ、今日はわざわざ来てくれたの?」
そう言って琴美はダイニングの奥を見た。朱美はそれに気が付いて笑顔を琴美に見せると、そのまま頷いた。
「隣の部屋からねぇ」
楓が指さして笑っている。琴美は訳が判らなくて指さされた方を見たが、当然ながら壁があるだけである。
「ん? 隣?」
それは別居と言うのだろうか。首を傾げる琴美を見て楓は笑う。
「隣の部屋っていうか『家』ね。そことの壁をぶち抜いてさ、中で行き来できるように、なっているんだよ」
意味が判った琴美は納得して頷く。
「へぇ。凄いね。そういうの、アリなんだぁ」
琴美は、昔住んでいた社宅もそうだったなぁと、思い出す。
拾って来た猫が、隣との壁を突き抜けて逃げ出し、大騒ぎになった事件を思い出していた。
なるほど。どうやらこの家も、見た目に反して『安普請』らしい。
「何か『誤解』されているみたいだけど?」
笑いながら朱美が、紅茶とマフィンを持って現れた。
「ここはね、最初から『穴』が、開いていたのよぉ?」
そう説明しながら、朱美が給仕を始めた。
朱美も知らないのだろうが、その説明も正しくない。
実は、徹の結婚に合わせて用意された造りなのだ。
朱美は義父の勝から『前のオーナーが穴を開けたみたいで丁度良い』と、説明を受けていたのだが、本当は逆だ。
穴を残して壁を作っただけなのだ。金持ちのやることは判らん。




