父はハッカー(五)
「何するんですか」
鋭い声と鋭い視線が牧夫を突き抜ける。
「いや、あのぉ……、会議室は……」
「ちょっと使うだけじゃないですかっ」
たじろぐ牧夫に、山崎の言葉が浴びせられる。
会社での『セクシャルハラスメン何とか』は厳禁だ。それは、牧夫だって知っている。
「そうですよ。ちょっとだけじゃないですか」
金田も言葉を重ねる。牧夫は困った顔をして、言葉を失った。
こういうときに、言葉とは不便なものだ。何を言っても『言い訳』と取られてしまう。
もし牧夫に『目で語る』という技術があれば良かっただろう。
潤んだ瞳を二人に向け、指を絡めて組んだ手を左右に振れば良い。
それでもだめなら、小首を右に十五度程傾けて、左眉を下に降ろし、対極となる右側の唇を、眉と円を描くように上に持ち上げる。
「そんなことしてもダメですよ」
やはり牧夫には『目で語る』ということは、無理だったらしい。
「何の会議ですか?」
救いの声に牧夫は振り向いた。山崎には少し効いた様だ。
いや、それは嘘だ。山崎の目は先程からディスプレイを見つめたままである。どうやら牧夫は眼中にない。
そもそも少しでも牧夫に興味があるならば、指をほんの少し触られた位で、奇声を挙げたりはしない。
「部課長会だよー」「じゃぁ削除します」
牧夫の言葉は逆効果だったのか、トドメだったのか、それとも、いずれにせよ消される運命だったのか。返事もその後も早かった。
山崎の白い指先によって操作された『小さな矢印』が、ディスプレイを華麗に舞う。
そして牧夫が予約した会議室は、自由な世界へと開放された。
「あちゃー」
牧夫は呻き声を挙げる。そして、がっくりと肩を落すと、その場から立ち去った。
金田も山崎も、牧夫の背中から流れてくる『哀愁』という名の冷たい空気を、感じてはいる。
しかしそれは、紛れもなく『クーラーの冷気』と認識されていた。




