ハッカー殲滅作戦(十三)
玄関を入ると、そこも普通の家のようだ。
マンションだからか凄い階段もなく、巨大な生け花もなく、執事が並んでいる訳でもない。
確かに玄関は少し広めだ。靴箱も天井まである。良く見れば一つ一つのものが高級なものに見えて来るが、それはまるで新築のように生活感がないから、かもしれない。
楓が玄関で靴を脱ぎ、先に廊下を歩いて行く。琴美は挨拶も忘れて靴を脱ぐ。そして、楓の靴と自分の靴を揃えた。
「お母さん、おそぉーい」
楓が母を呼びに行っていたのだろう。腕を引っ張ってきた。
「あらあら。楓さん、お帰りなさい。お友達もこんにちわ」
何だか品の良い、素敵なお母様だ。琴美はお辞儀した。
「お邪魔し、ています。琴坂琴美です」
頭を上げた琴美の顔は、少し赤くなっていた。だって下を見たら、靴下が見えたのだから。穴はもちろん開いていない。
不覚。初っ端からやっちまった。琴美はそう思っていた。
既に靴を脱いでいたからだろう。琴美が恥ずかしそうにしているのを、静は気の毒そうに見ていた。
何故なら、その視線の先にある楓の靴が、奇麗に整頓されているのが見えたからだ。
家のお転婆娘の相手をするのは大変だろう。
「いつも家の楓がお世話になっております」「なってまーす」
親子で頭を下げられて、琴美は恐縮しきりだ。ペコペコ頭を下げる仕草は、少し滑稽でもある。
「落ち着いた、良いお嬢さんじゃない。スリッパ」
お辞儀をするときに前に重ねていた手を『シュッ』と振り、笑顔で楓に指示を出す。
楓も『そうそう』と思いながら、自分のスリッパを履く。
「はーい。琴美、これねぇ」
「貴方、お客様から先に、お出ししなさいよぉ」
マナーが出来ていない愛娘に、呆れた口調で言う。
「いえいえそんな。私、スリッパ無くても良い派なんで」
琴美が慌てて手を横に振る。それにこんな奇麗なお家で、靴下の底が汚れる訳がない。
「琴美は用心深いんだよねぇぇ」
語尾を伸ばしながら楓が言い、続けて静の方を見た。静は目をちょっと大きくして、琴美に聞く。
「あら、普段お家では、何を履いてらしているの?」
おいおい。そんなことを真面目に聞かれたって、何て答えれば良いのやら、困るではないか。こっちは庶民なんですよ。
「家では『安全靴』ですね。踝より上まである、編み上げの」
そう言って見たものの、琴美は滑ったと自覚する。
何故なら、楓はともかくとして、お母様まで目を丸くして笑顔になり、感心したように何度も頷いているではないか。
「楓、今度いらして頂くときは、ご用意して差し上げて」
「承知しました!」
楓がビシっと姿勢を正して敬礼している。琴美は嬉しくて涙目だ。




