ハッカー殲滅作戦(八)
「お前にはさ、ちょっと『特別なこと』お願いしようと思っているんだよ」
ニヤリと笑った黒田の笑顔が怖い。黒田にとって『普通のこと』が、黒井にしてみれば既に『特別なこと』だからだ。
今までのことを振り返れば、あれもこれも。こちらが慣れないといけないのか? いや、慣れるなんて出来るのだろうか。
「『特別なお願い』ですか? 嫌な予感しかしませんが?」
あからさまにくしゃくしゃな顔で、目一杯嫌そうな顔をする。黒田にそんな顔をしても通じない。むしろ喜んでいる感すら漂ふ。
「お前、ヘリも行ける?」
シュっと人差し指を黒井に向けて、黒田が聞く。ここで『いいえ』と言っても『訓練しろ』で終わりになりそうだ。
「ちょっとなら。機種は、大分限られますよ?」
片目を瞑り口をへの字にする。加えて右手の親指と人差し指で『ちょっと』を示す。判って頂けますでしょうか? 判りますよね?
「おぉ、充分! 充分!」
「充分じゃないっすよぉ。判ってないじゃないですかぁ!」
まったく、不安しかない。一体何をさせようとしているのやら。
黒井は、頭の片隅に追いやられた『ヘリの操縦基本編』を引っ張り出す。ラダーに操縦桿に、スロットル。
結構面倒臭いんだよなぁ。ヘリって。
「まさか『武装ヘリ』じゃないですよね?」
突然黒田が笑顔になり、目をキラキラさせるとスマホを取り出す。黒井は『あっスマホ持っているんだ』と思った所で思考が停止する。
「え? お前『アパッチ』も行けるの?」
まるで『今から注文を変更する』勢いで聞いて来た。もう黒井とスマホを交互に見ながら、ダイヤルを始めたではないか。
「無理無理無理無理無理!」
黒井は椅子から飛び上がって、テーブル越しに構わず黒田に飛び掛かる。しかし、固定の椅子とテーブルは『ガタン』と言うだけで、しっかりと飛び掛かれない。
「ちょっと! 何だよ!」
笑顔でスマホをテーブルの下に隠し、ダイヤルをし続けている。
「無理だから! 操縦しながら攻撃とか、素人には無理だから!」
「なんだぁ。そんなことかぁ」
のんびりと答える。黒井の手の届かない所でダイヤル続行。
「そんなことって、どんなことすかっ! ちょっと!」
「ちょっと『訓練』すれば、行けるよ。お前なら殺れる!」
ダイヤルが終わったのだろうか。黒井の方を見て笑った。
「どこでどうやって『訓練』するんですか!」
「そんなの『OJT』で。なぁ?」
オン・ザ・ジョブ・トレーニング。働きながら学びましょう。
「無理無理無理無理無理!」
再び黒井が黒田に飛び掛かる。黒田は『しょうがねぇなぁ』の目でそれを避ける。
「判った判った。『マンツーマン・トレーニング』するからよ」
「本当ですか?」
ピタッと黒井の攻撃が止まった。『なら行けるか?』とでも思ったのだろう。流石、生粋のパイロットである。
「アパッチって、複座でしたっけ?」
黒井が首を捻る。そこまで詳しくはない。
「そうだよぉ。知らんけど」
「ちょっと、どっちなんですかぁ」
どうも黒田の言動が怪しい。そうだ。この世界に『アパッチ』があること自体確認が取れていないし。
それに『日米同盟』なんて、締結されていない。あるのは『日英同盟』だけだ。アメリカの機体が、簡単に日本に入って来ること自体、難しいはず。それなのに?
「確か、前の席が『攻撃用』で、後ろが『操縦用』だったかなぁ」
「良く知ってますねぇ。って、操縦者は『一人』じゃないですかっ」
考えている場合じゃない。勝手に話が進んでしまっている。
再び黒井が、黒田に飛び掛った。だから無理だって!
「じゃぁ、オプションで『前でも操縦可』にしてもらうか!」
笑顔で右手で『まぁまぁ』と上下に振りながら、まるで車の助手席にも『ハンドルを追加』みたいなノリで言う。
「勘弁して下さいよぉ」
黒井はがっくりと自席に崩れ落ちた。
「大佐! お電話ですよぉ」
急に店のご主人から声が掛った。サッと立ち上がったのは黒田だ。
「あいよぉっ!」
スマホをしまって右手をあげる。ご主人も受話器を持ち上げて、笑顔を見せた。どうやら黒田は『大佐』という偽名もあるらしい。




