失敗と成功の狭間(五十八)
石井少佐と井学大尉から二百メートル離れた草葉の陰に、二人の男が倒れている。
一人は狙撃銃を持ったまま、耳を地面に付けている。もし『塹壕』があったなら、そこへ入っていることだろう。ピクリとも動かない。
もう一人は双眼鏡を覗いたまま、顎を地面に付けている。こちらは少佐と大尉の様子を、引き続き監視しているようだ。
「頭を下げろ!」
「いや、顎が地面に付いているんで、これ以上は無理っす」
どうやら草葉の陰で、二人は存命らしい。まぁ、そういうこともあるだろう。
狙撃手の三宅が、観測手の佐伯に指示しているが、二人は同期で同じ階級。指示通りにする気はないようだ。
「じゃぁ、顎を引け!」
もう一度指示を出す。狙撃手にしてみれば、目の前で『スイカが破裂する』のを見たくはない。
「もう、見えなくなりますよぉ。あっ、若い方が膝から崩れ落ちた」
「馬鹿っ! だから頭を下げろって!」
同時に三宅の手が伸びて、佐伯の頭をグッと抑え込む。ついに双眼鏡を覗けなくなった。
それでも観測手としての意地か。佐伯は片目でなんとか双眼鏡を覗き込む。
「別に、撃たれた訳じゃないみたいですけど」
そう言ってから狙撃手の三宅の方を見た。
しかし、三宅からの指示は変わらない。
「良いから頭を下げろ! 俺達は射線上に居るんだ!」
草葉の陰でジタバタしているのは、吉野財閥自衛隊のエリート部隊である『総帥親衛隊』の狙撃班だ。
普段は総帥の身辺警護をしているのだが、今日は特別任務だ。
まだ一分も経っていない、直前の出来事だ。
三宅がスコープを覗いていると、監視対象の石井少佐が空き缶を置くのが見えた。
そして若い方の、えぇっと、確かそう、井学大尉に『拳銃の練習』でもするかのように見える。
「空き缶、先に撃っちゃえよ」
隣で双眼鏡を覗く佐伯が半笑いで言う。三宅も同意する。
「あぁ。『警告』に丁度良い」
三宅はニヤリと笑う。スコープ内の照準を、少佐から空き缶に移動した。息を止めてピタッと合わせる。
次の瞬間、三宅が思い描いた通りの軌道で空き缶が飛び上がる。正に狙い通りだ。直ぐに空き缶はスコープから見えなくなった。
「ナイスショット! すげえ。ゴミ箱に三点シュートだ!」
隣に居た佐伯も、双眼鏡を覗いたまま興奮している。
しかし三宅は、まだ狙撃銃のトリガーを引いてはいなかった。
真後ろにいる『誰か』が放った銃弾。それが、自分の頭上『三十センチ以内』を飛翔して『遠距離スナイプ』を成功させたのだ。
「頭を下げろ! 動くんじゃない!」
草葉の陰でこの先生きのこるためには、そうするしかないのだ。




