失敗と成功の狭間(五十七)
「そうだ大尉。陸軍で『強襲揚陸艦』を建造してだな、大尉が『初代飛行隊長』にならないか?」
明るい声。いや、いつもより楽しそうな少佐の声に、大尉はパッと前を向く。そして、少佐と目が合って恥ずかしくなり、素早く涙を拭いた。
大尉はその間も考える。少佐が今言った言葉の意味をだ。
何だって? 『飛行隊長』だって? 陸軍のまま、海へ、空へ、帰れるのだろうか?
陸軍って、船、持てるのか? あぁ、輸送船ならアリか。じゃぁ、強襲揚陸艦は? 持てる、のか?
洋上を飛べるなら、空母じゃなくったって良い。いや、全通甲板の強襲揚陸艦なら、さながら空母じゃないか。
少佐は、涙を拭きながらも、段々と元気になってきた大尉へ、更に言葉を続ける。
「鹿島港に『歴戦の勇者』がいるだろう? 先代加賀とか、先代赤城とか、翔鶴だっけ? 昔の空母がさぁっ」
確かに鹿島港には、第一線での活躍を終えた軍艦が集められ、標的艦や練習艦として第二の艦歴を刻んでいる。
涙を拭き終わった大尉は顔を上げると、新人の頃を思い出す。
「ええ、私も訓練ではお世話になりました。タッチアンドゴーなので、乗艦はしていませんけど。使えるのですか?」
新人パイロットは、先ずはプロペラ機で着艦訓練をするのに、古い空母は丁度良かったのだ。
「そんなの、やってみないと判らないじゃないか」
子供のように口を尖がらせて少佐が言う。それでも戦艦大和を近代化改修させた男なのだ。実績が、言葉の重みが違う。
「そうですけど。だいぶ古い艦ですよ?」
大尉が恐る恐る『ソフトタッチでいちゃいちゃ』していた頃の赤城さんは、対空砲火も何もない、只の『動く滑走路』だった。
「じゃぁ、何やったって、OKだろ?」
少佐の顔は、益々明るくなった。両手を広げてにこやかな笑顔だ。
「艦首をバサーってぶった切ってさ、こう、開く扉を付けてだ」
身振り手振りで説明を始める。先ずは艦首を右手で見事に切り落とし、両手で観音開きに作り替えた。
「ホバークラフト発進! これだよぉ!」
実に楽しそうな笑顔を大尉に見せる。きっと少佐の頭の中では、『史上最大の作戦』が展開されているのだろう。
しかし、大尉の顔は暗いままだ。つい『ぐち』を口にする。
「でも、今の空母艦載機じゃ、乗らないですよぉ」
確かに古い空母の二百メートルちょっとの滑走路、カタパルトなしでは、碌な装備も積めず、発艦もままならないだろう。
しかし少佐は、相変わらず目をキラキラさせている。
「あれだ。三菱の『ドローン』買ってやる。乗りたいだろう?」
意味深に言って、大尉の顔先まで指を伸ばして聞く。大尉に衝撃が走る。噂に聞く、あの『昔からある新兵器』のことだ。
「え? あの『実物大ドローン』で、ありますかぁ?」
甲高い声になって、大尉の顔がパッと明るくなった。
それは、マッハ2で飛行したまま直角に曲がれるという、時代的にも、速度的にも『はやすぎた兵器』のことだ。
「そうだ。甲板を耐熱にしてな? びょーんと飛んでぇ、ピューッカクッってなるんだ。ミサイルだって、楽勝で避けられるぞ?」
「それは凄い! 複座でしたら、是非少佐もお乗せします!」
「おぉ、頼むぞ! 何機買えば良いかな? 割引、効くかな?」
「七十機、それぐらい行きましょう! 少佐、塗装は『ブルーインパルス』に寄せて良いですかねぇ? あっ、でも、それだと空軍に怒られちゃいますかねぇ?」
「いや大尉、噂によると『円盤形』だから、前後左右ないのだが?」
「そうでした! 少佐、それは流石に難しいですねぇ」
夢が広がっている所、水を差すようで申し訳ないのだが、その機体はシミュレーションの結果、マッハ2で直角に曲がると乗員の首が折れてしまうのだが、大丈夫なのだろうか?
「そしたらな? 北海道を取り戻しに行こう。な? 良いだろう?」
「勿論です。何処でも行きます!」
それを聞いて少佐は、嬉しそうに頷いた。益々饒舌になる。
「おぉ。その意気だ。良いぞぉ。先ずな、海岸線の敵陣地を、大和、武蔵、信濃の艦砲射撃で痛めつけてからな? 強襲揚陸艦をドーン! ドーン! ドーン! ドーン! と一気に押し寄せる!」
少佐は強襲揚陸艦を四艦建造するつもりか。まぁ、在庫はある。
「そして、ホバークラフトがバーンと登場! 大尉は『実物大ドローン』で編隊を組み、制空権を確保だ!」
「お任せください!」
大尉はにこやかに敬礼して、大きく頷く。やはりついて行くならこの人だ。いや、この人しかあり得ない。
「よし、艦隊を編成したら、先ずは屛風ヶ浦で、上陸訓練だ!」
少佐は元気良く右手を突き上げる。大尉は膝から崩れ落ちた。




