失敗と成功の狭間(五十四)
「それを『琴坂琴美』がやった証拠は、あるのか?」
「ありません。それに、彼女にはアリバイがあります」
少佐も大尉も真顔に戻っていた。大空からパラシュートで帰って来たとしたら、きっとこんな顔だ。むしろ大尉の方が真剣な目。
「そんなことも調べたのか?」
やはり大尉は『使える男』だ。少佐は大尉を再評価する。
「はい。空軍が大学に『監視カメラの研究』と称して協力を要請しまして、寮の監視カメラの映像を全部取り寄せたそうです。少佐、そんなこと出来るんですか?」
自分で言っておきながら、大尉は首を捻る。少佐は笑顔だ。
「あぁ。それぐらい普通だ。何しろ軍と大学は仲良しだからなっ」
少佐が言うなら間違いない。大尉は素直に頷いた。もしまた判らないことがあったら、清ちゃんに頼もう。
「そこからですね、研究中のAIを使って『琴坂琴美』の映像を全部抽出したそうです。こんなことも? 可能なのですか?」
少佐は『当たり前だ』とでも言うように、黙って頷く。軍は何でもやるなぁと、大尉は感心するばかりだ。
「それで?」
聞かれた大尉の顔が曇る。どうやらその先は、とても話辛い内容のようだ。少々声のトーンが落ちる。
「琴坂琴美、彼女は『エロ動画』を見ながら、マウスをカチカチとさせ『血眼になってディスプレイを凝視していた』だけなのだそうです。部屋の画像全部が、です」
「それは本当に『エロ動画』なのか? レポートとかでは?」
疑い深い少佐でも、そんなことに疑いを向けるのは嫌だ。それは顔を見ればひしひしと伝わって来る。
「それは私も聞きました。本人にも会いましたし。そんな娘には見えなかったのですが」
大尉は首を捻って考える。少佐は大尉を指さして笑い出す。
「大尉の嫁だもんなぁ」
途端に大尉は目を丸くして顔が赤くなる。まったく判り易い奴だ。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「あはは。からかってすまん。続きを聞かせてくれ」
少佐は再び辺りを警戒しながら前を向く。まるで人に聞かれてはいけない重要事項を聞く前の、準備動作のようだ。
「はっ、はい。使っているのはマウスだけで、キーボードには触れていないので、レポートではないと」
「ふむ。なるほど。それで?」
大尉は陸軍情報部からの報告をそのまま、高貴な少佐に伝えることはできない。少佐の説明用に言葉を選ぶ。
「それが、話の『馴れ初め』とかを全部飛ばしまして、『結合』と『フィニッシュ』のシーンだけをですね、集中的、かつ、的確に捉えて閲覧していた、そうなのでぇ。何と言うかぁ」
語尾は濁して、恐る恐る少佐の方を見る。少佐は前を向き、そんな芸当、何回閲覧したら可能か、鋭い目で思考中のようだ。
「それはかなりの『上級者』だな。サブスク、見放題の契約者か?」
少佐は自分で言っている質問が、何だか馬鹿らしくなってきた。
「いいえ。サブスクではなくてですね、デスクトップにダウンロード済の『エロ動画』が沢山ありまして、それを普段から『凝視している』みたいでして。いわゆる『手練れ』です」
少佐は眉をひそめて唸る。なんだそれ。もう、想像のはるか上を行く。最早『達観』しているではないか。
「そうなのか? 本当かなぁ」
少佐は考える。相手は手練れの女子大生。このまま大尉に任せて、大丈夫だろうか。不安しかない。
初心な大尉の嫁として、そんな手練れが相応しいのかどうか。これも良く検討しなければならないだろう。
きっと一週間もあれば『全部吸い取られ』て、寿命が縮みそうだ。
「それに、想定される侵入時刻のとき、我々の目の前に居たのです」
「え? 中華屋にいたときなの?」
少佐の頭から、生気を吸い取られて『ヒラヒラになった大尉』が飛んで行く。目の前の大尉は、まだピチピチしている。安心だ。
「はい。そうなんです。その事実は『誰にも言っていない』のですが、日時を確認すると、正しくその時間でして」
大尉も首を捻って考えている。少佐も考え始めた。
「うーむ。我々が証人になってしまったのか。いや、させられた?」
少佐は言い直した。そうだ。最初からそれを狙っていたとしたら? 琴坂琴美は、やはり油断できない『大物』なのか。
「もう、こうなったら、尾行しますか?」
「それはダメだ! 絶・対・に、許さん!」
次の手段を軽く聞いただけ。それなのに、強過ぎる否定を食らった。少佐が目を見開いて大尉を睨んでいる。大尉はそれにも驚いた。




