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失敗と成功の狭間(五十)

「失礼します。少佐、今戻りました」

「おぉ。大尉か。お疲れ様。どうだった?」

 目を通していた書類を机上に置いて、石井少佐は笑顔になった。

 大学へ調査に出掛けた井学大尉が、やっと戻って来たのだ。何だか思ったより遅かった。早速報告を聞こうじゃないか。


「それがですね、少佐」

 そこで言葉に詰まる。直ぐに少佐は意味を理解した。書記官に目で合図し退室を促す。書記官は黙ってお辞儀して、部屋を後にする。

 部隊長室に残ったのは、少佐と大尉の二人だけだ。


「意外と『大物』だったようでして」

 今までになく渋い顔をして、大尉が説明を始めた。

 少佐の顔が曇る。『日本国』からの『実験体』、いや『招待客』を迎えようと、質問を準備していた所だったのに。どうした?


「そうなのか?」

 思い出しても『普通の女子大生』だったはずだ。そう見えた。

 しかし大尉が『人払いを要求』したことを踏まえ、余程重要なことが判ってしまったのだろう。それは苦い顔から予想できる。


「実は、陸軍、海軍、空軍、それに先日『お世話』になった、吉野財閥まで、『琴坂琴美』に目を付けています」

「あぁ、お友達に『琴美』って言われてたな。琴坂って言うのか」

「はい。それでお友達の『楓』はですね、『弓原楓』です」

「え? あの『お嬢様』の『お嬢様』なの?」

 流石の少佐も驚きの顔を隠せない。そして一気に顔が曇る。

「はい。仰る通りです。手を出したら大変です」

 二人は顔を見合わせて『苦笑い』になる。嫌な思い出だ。


「嫌だなぁ。他の子は?」

 少佐は半ば諦めたように椅子に寄り掛かった。大尉はメモも見ずにスラスラと答え始める。

「はい。同室の『山本絵理』は山本中将の娘で」

 話に割り込むように、少佐が前のめりになる。

「おいおい。海軍情報部トップじゃないかぁ」

 顔が曇った。自分より全然偉い人が『監視役』とは。扱い辛い。

「最後の四人目は『岩本美里』、こちらは岩本少将の娘です」

「何だよ! こっちも、空軍情報部のトップじゃないかっ!」

 ドンと少佐が机を叩く。やっぱりこっちも階級が全然上。やはり少佐なんかより、もっと偉くならないとダメなのだ。

 少佐は忙しさにかまけて、昇進を疎かにしていたことを反省する。


「そうなんですよぉ。私も名簿見て、ビックリしました!」

 呑気に言う大尉を見て、少佐は指さして苦笑いだ。

「こらこら。だから言っただろう? 偉い人の顔と名前くらいは憶えておけと。なぁ?」

 首を横に傾けて念押し。まぁ、これで少しは懲りただろう。


「まったく、少佐の仰る通りです。いやぁ、中華屋で見たときに『中将の娘だっ!』と、ピンと来るべきでした」

「いや、それは無理だよぉ」

 大尉の反省を少佐は否定した。大尉は面白い奴だ。うん。

 少佐は『海軍』『空軍』と来て、一つ足りないと気が付く。


「所で陸軍は? 陸軍情報部の武田少将の娘、さん? あれ? お子さんいたっけかなぁ?」

 少佐は頭を捻る。陸軍の上官とは全員面識があり、家族構成だって把握している。流石に『孫』までは判らんが。

 大尉の返事を待ったが、知っている名前が直ぐに出て来ない。困った顔をしているだけだ。


「少佐、それがですね。陸軍は『G機関』の『ゲムラー大佐』だそうです。この方、少佐はご存じですか?」

 少佐は言葉に詰まる。教えるべきか否か。凄く悩む。それに、ここで説明しても良いものか。一人で部屋をグルグル見回した。


 理由は簡単で明確だ。『その名前』をうっかり口にしてしまったときは、必ず消されてしまうからだ。

 陸軍でも『一部の人間』にしか知らされていない、コードネームと言えるだろう。

 だから、それはもう何重にも隠ぺいされた『秘密の存在』であり、連絡手段も特殊。それが『ゲムラー大佐』なのだ。

 少佐は大きく深呼吸をした。


「よし。外に出て、散歩しよう」

 突然少佐は席を立った。大尉は眉をひそめる。

 今までも何度か、こんなことがあった。


 少佐が『わざわざ外に出て話す』ことは、『絶対の秘密』だからなのだ。例えココが部隊長室であっても関係ない。何故なら『盗聴器』が仕掛けられていると、想定しているから。

 それだけ少佐は慎重なのだ。軍人は慎重過ぎる位が丁度良い。


「お供します」

 大尉は取るものも取らず、そのまま少佐の後に続いた。

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