失敗と成功の狭間(四十三)
「ちょっと見せて下さい」
「だぁめぇーっ!」
進が伸ばした手の先で、レポートは舞い上がる。それでも進の目に、レポートの表紙だけは見えた。
「雨に関する研究をしている子なんですか?」
清は手の内にあるレポートを覗き込む。タイトルは『雨中に於ける皮膚細胞の変化・日本人編』である。
「あぁ。そうみたいだけど、ナイショ」
ポンとそれをレポートの山に戻す。
学生のレポートとは言え、未発表の研究を『外部の者』に見せる訳には行かない。
「何だか変わってますねぇ」
「『レアな研究』とも言えるが、そう言う言い方は良くないぞ?」
真顔で言われ、進は苦笑いで頭を掻いた。そうだ。研究課題は自由なのだ。
まぁ、一端それは置いといて、進は身振り手振りで聞く。
「身長がこれ位で、髪が背中まであって、人の良さそうな子?」
椅子に座ったまま『ことみ』の特徴を言ってみたのだが、清はまともに聞いていないようだ。それより笑い出した。
「何だ? 全然判らんけど、何? 惚れちゃったの?」
にやけて進を指さす。その顔に見覚えのある進は、つい照れてしまって、質問を打ち切った。
「ちょっ、嫌だなぁ。そんなんじゃ、ないですよぉ。全然っ」
残念。琴美の恋は、まだ始まってもいないようだ。
「そうなのぉ?」
まだにやけている。そう言いながら清はレポートの表紙を見ながら『琴坂琴美』の容姿を思い出す。えーっと?
「身長がこれ位で? 髪が背中まであって?」
「そうです。そうです」
「うーん。それで、人の良さそうな?」
「そうです」
清は腕組みをして考え出した。言われて見れば、そんな感じだった気がするし、そうじゃなかったかもしれないし。
「眼鏡は?」「なしです」
おいおい。特徴がないではないか。うーん。困った。
「ボンキュッボン?」「全然。まぁ、普通ですかね」
普通ってのが、一番特徴が無いんだよなぁ。何だよぉ。
「着痩せするタイプかもよ?」
「知りませんよぉ」
聞いた清も『無駄な質問をした』と思っているようだ。相変わらず腕を組んだままで、天井を見上げてしまった。
進も首を捻り他に特徴がないか考える。すると突然、膝を打った。
「あぁ、そうだ。お友達の『かえで』って子は、凄い美人でした」
「じゃぁ、この子だ。間違いない。うん」
返事が早い。そして清も勢い良く膝を打った。
「え? ホントですか?」
「ホント。ホント。マジホント。でも、止めといた方が良いぞぅ」
清はもう一度にやけると、進を指さした。
どうやら進が琴美に恋したと、本気で思っているようだ。




