失敗と成功の狭間(四十一)
「えぇ? そうだっけぇ?」
琴美に言われて楓はすっとぼける。ポケットからもう一つの『フィナンシェ』を取り出して、机の上に座ろうとした。
「そうだよぉ。シャーッ」
「おぉっとぉ。これは私のぅ」
今度は琴美の『猫の手』を見事にかわした。楓は笑顔だが、琴美も笑顔だ。琴美だって甘いものを食べたら、少しは機嫌が良くなるものだ。
楓は無事開封しながら『試料の培養に失敗したっけ?』と、思い出しつつも、不思議そうに首を傾げる。
楓の表情を見て琴美は結論付ける。どうやら楓は『確信犯』のようだ。琴美は唇を尖らせた。
「犬の皮膚とか、猫の皮膚を混ぜようとしてたでしょう?」
ギュッと首を傾げて、睨み付ける。知らないとでも思っていたの?
「あっ。バレた? 美味い、美味い」
フィナンシェをパクパク食べながら、あっさりと自白した。
「駄目だよぅ。まったくぅ」
本当に困る。油断していると楓は変な『試料』を持って来る。この前は『サル』とか『豚』とか。一体、どこから入手するのやら。
今回琴美は、それに気が付いた。だから、ちょっぴり痛い思いをして、自分の皮膚を試料にしたのだ。
まぁ、結局、捨ててしまったのだけれど。
「でさぁ、実験結果はどうだったの?」
食べ終わった手をパンパンと叩いて、楓が聞いてきた。
言われた琴美は、試料を指さして『見りゃ判るだろう?』と目で問いかける。どうやら、どの試料も溶けてしまい、原形を留めていない。デロンデロンである。
「御覧の通りでございますよ」
口をへの字にして、琴美が右手で試料をぐるりと一周示した。当初から想定通りの結果ではある。
やはり、どこ出身でも雨には溶けるのだ。例外は、ない。
「ねぇ、ワンちゃんと、ネコちゃんは、どうだったの?」
「やっぱりもぉっ。溶けないよ。溶けたのは『人間』だけだよぉ」
琴美が苦々しい表情で答えた。言った傍から、もう少し言葉を選べば良かったと、後悔する。
自分で言っておいてなんだが、まるで『溶けなかったら人間ではない』と、宣言してしまったようだ。気分が悪い。
「試料ないじゃん。捨てちゃったの?」
四番と九番を指さして、楓は立ち上がった。琴美は何て答えようと思って、一瞬考える。目線が上になった楓の方を見て答えた。
「うん。捨てたぁ」
「どこぉ?」
楓が歩き出す。実験室にあるゴミ箱の方に向かっている。琴美は慌てて楓の背中に声を掛けた。
「ゴミ箱。ねぇ。止めてぇ。ねぇ」
「良いじゃん。ちょっと見るだけよぉ」
楓が笑顔で振り返り、右手で『ちょっと』を表現し、歩き続けている。琴美の嫌がる顔を見ても、立ち止まる様子はない。
「ねぇ、止めてっ! 楓っ!」
聞いたことのない琴美の声。楓はピタッと立ち止まった。




