失敗と成功の狭間(三十二)
後で知ったことだが、確かに鈴木中将夫妻の切符を購入したのは、朱美だった。
ただそれは、結婚式に出席してもらう為の『経費』だったのだ。クレジットカードの使用履歴をハッキングして得た、正しい情報だったのだが、本人が使用するとは限らない。そういうことだ。
それに徹と朱美の結婚式は、両家の都合で二回行われた。一回目は都内のホテルで。そこでは『プレオープン』のイベント扱いで、関係者のみが出席した。
結婚式の様子は、パンフレットの写真やら、ホームページの映像やらに使う為、それはもう色々撮りまくった。
最後は、白いモーガン・ロードスターに乗ったまま、ホテルのエレベータホールを出発した。紙吹雪を浴びながら。
赤い絨毯の上を、後ろに付けた空き缶をカランコロン鳴らしながら外に出て、正面玄関のロータリを一回りして、もう一度撮影。
その後は空き缶を外し、白いモーガン・ロードスターの前後を、黒塗りのSUVで堅めて守りながら、次の結婚式場へと車列は静々と進行した。
「箱根湯元からの帰りに『温泉卵』買えて、良かったですねぇ」
大尉が思い出すように言う。少佐は苦笑いだ。
普通電車でパリポリ殻を割って、塩を掛けながら温泉卵を食べる白い制服の軍人が居たら、それはきっと石井少佐と井学大尉だ。
「寿命が縮んだ分、それで延長したからなっ」
「あっ、流石少佐! そういうことだったんですかぁ」
そう言いながら、お調子を差し出す。少佐はグッとお猪口を開けて、差し出した。トクトクと日本酒が注がれている。
「でも、どうして私を、守って下さったんですか?」
お調子を置いて、大尉が聞く。少佐は『何だ不満か?』な、ちょっと片目を持ち上げるような顔をして言う。
「それはぁお前、『未来ある若者』を、目の前で殺られる訳には、いかんだろうがっ!」
そう言って少佐は、大尉の肩をパチンと叩く。大尉は黙って再び頭を下げた。
それは、徹と朱美の結婚式から、一週間程後のことだ。
二人は部隊本部横の歩道を、徒歩で移動していた。
そこへ、迷彩色のジープに前後を挟まれた、黒いリムジンが通りがかり、停車した。小さな『家紋』を見て、少佐は咄嗟に身構える。
「大尉、何もしゃべるな。良いな! 何もだ!」
言い終わらない内に、迷彩色のジープから『完全武装の兵士』が四人降りて来て、銃を少佐と大尉に向ける。
「少佐、逃げて下さい!」
咄嗟に大尉は叫んだが、間に合わない。
「大尉! 抵抗するな! 良いか! 何もしゃべるなっ!」
そっと振り向けば、後ろにも兵士が四人。完全に取り囲まれているではないか。少佐の護衛を自負する大尉は、どっちから守るべきかを考えているのか、少佐の指示にも返事がない。
「大尉! 何もするな! 大尉!」
「はいっ!」
大尉が返事をするのと同時に、リムジンの扉が開いた。中から出て来たのは黒服の執事だ。しかし、明らかにごつい軍人である。
「こちらへどうぞ。お嬢様がお話になります」
無表情で執事が言う。後ろから銃を持ち直す音がした。
少佐は黙ってリムジンに向かう。大尉も後に続く。すると執事が少佐と大尉の間に割って入った。
大尉は少佐と共にある。執事を睨み付けたが、動じる気配は全くない。すると車中から、女性の声がした。
「お付きの人もどうぞ」
直ぐに執事が道を開ける。大尉はドヤ顔で、少佐に続いてリムジンに乗り込んだ。乗る時に執事から『ギュッ』と押されながら。
リムジンの中は薄暗く、車の一番後ろに『お嬢様』と言うより『おばさん』あ、すいません。『美魔女』が座っている。
少佐と大尉は、壁があって判らないが、運転席の後ろだろうか。後ろ向きに座らされた。キョロキョロする余裕もありゃしない。
少佐とお嬢様の間には、横向きの椅子があって、お嬢様の傍に一人、少佐のすぐ横に、『屈強な黒服の執事』が座っている。
直ぐにお嬢様からの『お話』が始まった。確かに『お話になります』と言っていた。話し合いでもないし、時間もないようだ。
「あなた、家の徹ちゃんを、魚雷で沈めようとしたそうじゃない」
落ち着いた声で断定。直ぐ隣の執事に目で合図すると、拳銃が出て来た。お嬢様は無表情でそれを受け取り、少佐の方に向ける。
「何か、言い残すことは?」
氷のように冷たい表情で、淡々とお嬢様が問う。
本当に、時間がないようだ。




