失敗と成功の狭間(二十九)
「だとしてもさ、私は皆に軍隊になんて、行って欲しくないよ!」
琴美は訴える。口に回鍋肉のタレが、ちょっとばかし付いていても、真剣さは変わらない。
「えー。琴美はさぁ、何か『軍隊=死』みたいに言うけどさぁ」
「そうだよねぇ。そんな『職場』じゃないってぇ」
就職先の一つとして紹介するような感じで、絵理と美里が言う。確かに『周りの人が誰も死なない間』は、そうとも言えるのかもしれない。
「琴美は『軍隊=死』なの?」
楓に言われて、琴美は迷わず頷いた。楓は『困ったなぁ』という顔で琴美に言う。
「交通事故で死亡する人、何人か知ってる?」
「一万人くらい?」
直ぐに答えた。確かそれくらいだったと、聞いたことがある。
「いつの時代だよ。そんなに居ないよ。五千人くらいだよ」
「そうなんだ」
楓に直ぐに否定され、琴美はそうなんだと思って頷いた。
ドヤ顔の楓には悪いが、こちらの世界では三千人を切っている。まぁしかし、どちらにしても『悲しい事実』であることに、変わりはない。安全運転に心がけましょう。
「じゃぁ、自殺者は、何人か知ってる?」
またまた急に聞かれて、琴美は考える。そんなの知らないなぁ。
「うーん。三千人くらい? 居るのかなぁ」
腕組みして真剣に考えている琴美を見て、楓は呆れ顔だ。
「全然違うよ。二万人だよ。最近はそれ以上だよ?」
眉をひそめて、いつになく真剣な顔。
「えぇっ! そんなに沢山自殺してるの? えぇマジで?」
「そうだよ」
絵理も美里も頷いているではないか。知らないのは琴美だけのようだ。これでは『世間知らず』と言われても仕方ない。
「じゃぁ、軍隊で殉職している人は?」
どうやら、前二つの質問は、この問いの『フリ』だったようだ。
琴美は思い出す。確か大東亜戦争で亡くなった人は、三百万人だった筈だ。あぁ、民間人も入っているのかなぁ。
「うーん。百万人、いや、十万人くらい?」
琴美が目をグリグリ回しながら、少なめに見積もった数を言う。
「ぎゃははっ!」
「それはやヴぁいって! 駄目だよぉ。そんなに死なせちゃぁ」
「毎年そんなに戦死していたら、日本、滅んじゃうよ!」
琴美はポカーンとしたまま、笑われるばかりだ。
いやいや、それぐらい死んじゃうんだって。戦争になったらさ。と、思いつつ、今も一応『日露戦争中』であることを思い出す。
「琴美、もうちょっと勉強しよ? 十年で百人以下だからね?」
何とか片目を開けて笑い続ける楓に、念を押されてしまった。
「えっ? ええっ? えええええっ」
「またすんごい!」「驚き過ぎだって!」「落ち着けっ! 琴美!」
テーブルをバンバン叩いて笑われても、琴美の驚きは止まらない。




