失敗と成功の狭間(二十六)
「でもさぁ、やっぱり軍人さんは、死んじゃったら悲しいし、普通の人がいいなぁ」
コップの氷をカラカラ回しながら、琴美が本音を漏らす。
「従軍するのが『普通』なんだからさぁ。ねぇ」
「だよねぇ。それで『普通』って言われても。普通って何だい?」
絵理と美里には、琴美の好みはまるで『禅問答』のようだ。口をへの字にして首を傾げ、両手の平を上にした。
何かを察している楓だけが、琴美の気持ちを判っていた。
「琴美はさぁ、優しいよねぇ。ほら、前にも『核のボタン』は押せないって、言ってたじゃん」
楓は琴美を指さしながら、絵理と美里の方を見た。二人もそれを思い出したようだ。
「そうだねぇ。言ってたねぇ」
美里は直ぐに思い出したようだ。絵理も思い出して頷いているが、箸を置いて琴美に問う。
「だねぇ。じゃぁ琴美は入隊しないの?」
まるで『流行りの映画、見に行かないの?』そんなノリである。そんなことを聞いた琴美は、思わずコップを置いて驚いた。しかし、何も答えることが出来ない。
自分が『国を守る』ことなんて、考えたこともなかった。関係ないなんて言ったら失礼だし、言うつもりはない。
しかし『一番遠い世界』だと思っていた。何しろ琴美の生活の中に『本当の戦争』は、存在しなかったのだ。
「判んないけど、皆は入隊するの? 軍隊に?」
確かに今の世は『男女平等』である。軍隊も例外ではない。最早『女性の艦長』くらいでは、ニュースにもならないくらいだ。
「別に、するんじゃない? ねぇ」
「うん。就職先の一つだと思っているけど?」
絵理と美里の家は軍人一家なのだ。そういう家もあるだろう。
「お父さん、お母さんは、反対しないの?」
琴美は思わず聞いた。聞きながら、自分の親は何と言うだろうとも考えていた。
前の世界の両親なら絶対反対するはずだ。反対するどころか、思考停止に陥ってフリーズし、答えすら期待できない。そう考えると、むしろ今の両親に聞くのは、凄く怖い。何だろう、この気持ちは。
「賛成するんじゃない? ねぇ」
「だよねぇ。反対する理由が判らんわぁ」
絵理と美里が顔を見合わせて、苦笑いしている。まるで『戸締りをするのは当たり前』とでも、言っているようだ。
琴美はつくづく嫌になった。自分の将来に『戦争に参加する』という選択肢が、大きく横たわっているこの現実が。
しかし、ふと気が付いた。楓はさっきから、ちょっと退屈そうに黙って様子を伺っているだけだ。琴美は何だかんだ言って、楓も『仲間』なのだと思って聞いて見る。
「楓も、戦争に行くの?」
聞かれた楓は笑った。やはり仲間? いや、笑ったのは鼻だけだ。
「私はもう『軍人』だからさぁ。若人よ、大いに悩みたまえっ」




