失敗と成功の狭間(二十)
ゲームサーバを踏み台にして、そこからNJSのバックドアに到達。ノックは不要だ。早速入らせて頂きます。
コンバンワア・アヤシイモノジヤ・アリマセンヨオ!
「ハイ! 入ったぁ」
琴美は早速『高田部長』のPCに侵入し、いつものフォルダに移動する。そこは『おもちゃ箱』だ。
各種マニュアルに用はない。『イチゴちゃん』とか『ミントちゃん』とか、そう言うふざけたネーミングのドキュメント。
どうせ碌な物じゃない。
アケミちゃんフォルダも、くだらないのでパス。
サブフォルダに『麻布』『六本木』『高輪』『四ツ谷』と、地名で管理されている。どうせ囲っている『女』なんでしょ?
あれ? 『麻布』だったフォルダが『広尾』に変わっている。
何だ何だ? 囲い先、変えたのか? 最低。
いや、だからそんなくだらないフォルダじゃなくて、こっち。
指示書フォルダ。秘密チャットのログだまりみたいなもの。
ここに『ペンギンよりチェス対決の申し込み』と記載すれば。
「おいおい、まだ営業時間内だろうがっ!」
琴美は呆れた。
ログファイルにどんどん追加書きされている最中で、こいつら、営業時間内なのに、遊んでいるのが明白だったからだ。
イーグル「h4 Qg6」
ペンギン「h5 Qg5」
イーグル「おいカイト、良い手出せ」
カイト 「知りませんよ。忙しいんで」
イーグル「俺が勝ったら『ホーク』に戻しても良いって」
カイト 「6七金」
イーグル「だそうです」
ペンギン「3四佳」
イーグル「Qf3 Ng8」
カイト 「ちょっと待って下さい」
ペンギン「ダメ。Bxf4 Qf6」
イーグル「カイト使えねぇ。3五馬」
どうやら『チェス』と『将棋』を同時にこなしているらしい。一体奴らは、会社に何をしに来ているのだ?
琴美は適当なアドレス、来歴から庶務と思われるアドレスに指示を出す。
帰宅の準備をしていた庶務の朱美は、画面に表示された部長の指示を見て呆れる。『お茶』とだけ、表示されたからだ。
ツカツカと向かったのは、琴坂課長の所だ。
「部長が『お茶』だそうです」
何か頭を抱えているが、そんなのはお構いなしだ。
「え? 俺が?」
そう言って琴坂課長は振り返って、高田部長の方を見たが、新聞に隠れていて姿が判らない。
「私、もう定時なので」
朱美はそう言って、自席に戻ってしまった。
「何だよぅ。もぉっ!」
チャットにメッセージを投入し、画面をロックした。
カイト 「お茶は緑茶ですか? ウーロン茶ですか?」
イーグル「気が利くね。でもこの失態は、ごまか茶れないからなっ」
カイト 「胡麻茶ですね」
ペンギン「俺、十六茶でいいや。ヨロ」
イーグル「俺の先ね」
ペンギン「あぁ、孝雄ちゃんズルーイ」
何やら波紋が広がりつつあるが、琴美はそんなことに付き合ってはいられない。
標的はカイトのPCだ。パスワードが一番解りやすい。ロックされている間に踏み台にして、ここから空軍情報部に接続だ。
カイトのPCで秘匿プログラムを起動。NJSの裏口から出て、標的のアドレスを入力。
自動的に二十以上のサーバーを経由して、標的に辿り着く。
「さてと。美里のお兄さんは何処かなぁ? いや、その前にだ」
琴美は海軍情報部でPINGに応答した間抜けなサーバーに侵入すると、管理者権限を奪取して、ログ取得処理を一時停止を指示。
アラート用ハードウェアも一時停止。ボリュームもゼロにした。
そこでおもむろに、USBメモリに仕掛けられていた『報告用PC』を探す。それは簡単に見つかった。
持ち主は美里のお兄さんのようだ。あららぁ。随分真面目な人のよう。今日は忙しいから、また来ますね。
琴美は書きかけの『提案書』を見つけると、それをスラスラと書き換えて、上長宛てに送信する。
「さて。通ったら楽しそうだね」
それは『Cー2輸送機を訓練を兼ねてブルー柄にする』であった。




