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試験(十)

 夕飯の時になっても、琴美は変な試験のことが気になっていた。

 今日の夕飯は素麺。いつもなら、夕飯として素麺はどうなんだろうと思うのだろうが、そこまで頭が回らない。


 今日は暑い日だったが、クーラーの効いたダイニングは夏を感じない。虫の音も夜は静かになる。


「琴美、もういいの?」「んー」

 母・可南子の声にも生返事だ。優輝と父の牧夫は、のん気にテレビを見ながら素麺をズズズとやっている。


「おやつでも食べ過ぎたんだろ」

 牧夫がボソッと言った。琴美は、母に言われて口に追加した素麺を、喉に詰まらせた。


「グッ、食べてないよー」

 それは嘘だ。学校帰りに買い食いとか、してはいけないことになっている。しかし、サマストで食べていることは、今まで一度もバレたことはない。だってあそこの店長は、やる気がないから。


 しかし娘の声を聞いて、真実を見抜けぬ程、父も間抜けではない。次の素麺に手を伸ばすついでに、琴美の目を見る。


「あ、そうだお父さん」「ん?」

 牧夫は娘の真偽を問う前に、相談に乗ることにする。

 娘から質問を受けることなど、最近は滅多になかったからだ。


「あのさ、お父さんはジャパネット何級?」

 それで通じるのか判らなかったが、一応聞いてみた。

「なんだ。そんなことか」

 牧夫は拍子抜けした。

 男に向かってキンタマ付いてますか? くらいの質問だ。


「お父さんはハッカーだよ」

 さらりと言う父の言葉に、琴美は違和感を感じた。申し訳ないが、父の牧夫が、そんなにパソコンに詳しかった覚えがないからだ。

「じゃぁさ、ウイルス被害とかあったら保証するの?」

 下らない質問だと牧夫は思う。


「当たり前じゃん。でもそんなこと、一度もないよ」

「そうなの?」

 琴美の声が裏返ったのを聞いて、牧夫は笑い出す。


「ないよー。『コンピューターウイルス』なんて、インターネット上の話だろ?」

「うん」

「ジャパネットで、ウイルスなんてばら撒いたら大変だよ」

 笑いが止まらない感じで牧夫が言った。


「そうなの? 被害が?」

 下らない質問をしていると父が感じているのを、娘も感じていた。だから父が、笑いながら返した返事を聞いても、琴美は本気にできなかった。


「そりゃー誰だって、死にたくないだろう?」

 そう言って牧夫は、テーブルの中央に置かれた鍋から素麺を引っこ抜き、茶碗に入れながらテレビの方を向いた。


「あはは。こいつ馬鹿だなー」

「だよねー」

 牧夫と優輝の笑い声が和やかな食卓に響く。口を再びへの字に曲げた琴美は、茶碗をテーブルに置いた。そして気が付く。


「お母さん! エンジェルナイトのやつどうしたの?」

「えっ。いえ、その……。ごめんねっ」

 遂にバレタと可南子は思った。


 つい手が滑って、幼稚園の時から大事に使っていた琴美の茶碗を、割ってしまったのだ。


「怪我しなかったか?」「うん」「そうか」

 父は寛大である。そして優しい。

 いやいやそうじゃなくて、と琴美は思いながら母を睨み付ける。


「ごめんねー」「もー」

 可南子の苦笑いを見て、反省の度合いが足りないと思い、琴美は愚痴をこぼす。


 どうせデカンタ刑事を見たいばっかりに、焦ったに違いない。


 松と鶴の絵柄の茶碗を愛用する、優輝の冷やかな目は気にしない。

 奴は、自ら茶碗を破壊する手癖があるのだ。

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