失敗と成功の狭間(十三)
「はい。ハンカチどぞー」
「あらっ。ありがとう」
困っている所を、助けて貰った雰囲気で、琴美が答える。
まるでさっきの『731』は『813』にでも、置き換えてしまったかのようだ。
「良く分かったわねぇ」
言われた楓は、思わず笑う。そんなの直ぐに判る。それでも、面白いから琴美への質問は止められない。
「何の曲だったの?」
すると琴美は、手を拭きながら考え始めたではないか。
今の『激しい振り』に、合う曲を選んでいるのだろう。
「あぁ、あれよ。げ、幻想交響曲? それよ」
楓は思わず噴き出した。琴美は焦って目を見開く。
何だ? 外してしまったのか? 存在しない曲だったか?
「何? 判ったの? 何よぉもぅ。サンキュッ」
そう言いながら、ハンカチを楓に返す。すると楓は右手を『シュッ』とやって、それを受け取る。
何だかちょっと涙目。受け取ったハンカチをしまいながら聞く。
「第四楽章でしょ!」
話が終わったと思っていた琴美は、思わず目を見開いた。
訳判らん。しかしここで、話を打ち切るんだ! そう決意する。
「正解! 良く分かったわねぇ。今のはカラヤンよっ」
そう言って、手を振りまくる。こうなりゃ自棄だ!
そこの階段だって、パッと上っちゃいましょう!
「ちょっと、まだ濡れてるんじゃないの?」
楓が笑いながら、『おぉおぉ』と思いつつ、琴美を見つめている。
やっぱり琴美は最高だ。良い感じだぁ。
うん。あー、三段目、四段目。
五段目、ちょっ! 琴美! 止まって! 止まって! ヒーッ!
楓の心配を他所に、琴美は階段を上り続けている。
ついに十段目に達した。
楓はそれを見て、笑いが止まらなくなる。
「それ以上は死んじゃうから、止めとき!」
十一、えっ十二段目。あっ、琴・美・逝っちゃうぅ! ヒィッ!
「そう? 楓が? でっしょー」
十二段目の琴美から笑顔で指さされ、楓は思わず何度も頷く。
頭を上下に振りながら『動くなよ』と目で訴える。
大丈夫だ。琴美も笑顔で頷き、ちょっと首を傾げているが、そこに留まっている。
遂に琴美の手を掴んだ。
楓は笑いながら『良いからこっちへ来い』と、目で強く訴えながら、琴美の腕を引っ張る。
琴美はそのまま階段を降り、エレベータホールに戻って来た。
琴美が最初に体験した『断頭台への行進』は、こうして終わった。




