失敗と成功の狭間(十)
初代『ミケ』が硫黄島へ行ったのは、島流しという訳ではない。
会社の倉庫で『実験用』として可愛がられていたのであるが、肝心の『実験用首輪』が、品質通り『二メートル以内の検知』に達していなかった。
そのため、硫黄島行き納品物と一緒にあった、『ご贈答品の鰹節』と一緒に、セットとして納品されてしまったのだ。
現地で首輪に付いていたバーコードを『ニャッ』と読み取られ、名前までちゃんと表示されたのに、である。
まぁ、その辺の詳しい所は、現在の『朱美』が、当時倉庫の入出庫を管理していた『高田課長』に聞けば、直ぐに判るだろう。
それでもこう言われるだろう。『連れて来たのも、ミスって逃げられたのも琴坂主任が悪いんだ』と。
「猫ちゃんの件は、後でお父さんに聞いて置くわ」
あ、多分そっちの方が正解。時間が折り合えばだけど。
「そうして下さい。どうせ暇してるんだろうし」
いや? それはどうでしょう。同じ人でも『家族の評価』と『会社の評価』は、必ずしも一致しているとは限りませんよ?
「聞きたかったのは『猫の話』じゃないでしょう?」
楓が一番笑っていたくせに、そう言って話を区切る。朱美はむしろその一言で笑顔に戻った。
「そうね。答えなくて良いんだけど。琴美さん、あなた本当は何人?」
「お義姉さん、その言い方は変」
楓が猫の件と同じ感じで指摘する。朱美も直ぐに言い直す。
「あぁ。そうねぇ。じゃぁ、どこの世界からの日本人?」
「大きい声、出さないで良いからねぇ」
笑顔の二人に見つめられ、琴美はマフィンを探すが、もうない。
全部飲み込んでしまっている。
さっきの牛さんが『やりかた教えようか?』と、自分を指さしているが、まさか反芻する訳にも行かない。琴美は直ぐに打ち消した。
「私は! 栄光の! 大日本帝国国民! 大学生であります!」
「いやいや、今時の人『帝国』とか言わないからぁ」
楓に笑顔で否定されてしまった。朱美も頷いている。
それでも琴美は考える。何とかして認めて貰わらないと。そんな思いである。パッと手をあげて立ち上がり、宣言する。
「君が代! 三番まで歌えます!」
「いやいや。一番しかないからぁ」
楓が噴き出して笑っている。
「面白ーい。今度カラオケ行こうよ!」
朱美はマイクを持つ仕草。きっとカラオケ好きなのだろう。
「きぃみぃがぁあぁよぉおぉわぁ」
琴美が直立不動のまま真面目に歌い出す。これには流石に周りも気が付いて振り返るが、女子三人のテーブルを見て皆笑顔である。
「いやいやいや、歌わなくて良いからぁ!」
隣にいた楓が、笑顔で琴美を揺らして止めた。
国歌斉唱を途中で止めるとは、なんという無粋な輩である。




