失敗と成功の狭間(七)
琴美と寮で同室の弓原楓が、NJSの食堂で食事をしている所に、もう一人の弓原がやってきた。朱美だ。
さっきとは違う服装で白い手袋もない。琴美は左手の薬指に真新しいリングを見つけて、楓の『新しい義姉』と理解する。
「こちらにご一緒しても、宜しいかしら」
「どうぞどうぞ」
事前に打ち合わせでもしていたのだろうか。流れるように案内したのは楓の方だ。
言った方も言われた方も、断られるつもりも断るつもりもない。そんな感じ。
それに、琴美がハンバーグと目玉焼きを、同時に食べているタイミングで来るとは。
この二人、かなりの『上級者』と見て良いだろう。
「弓原朱美です。よろしくね」
着席すると琴美の方を見て挨拶をする。琴美も頷いた。
「kdふぉはr琴美、んぐ。です」
だから、ハンバーグを頬張っている時に来るなと。楓の方を睨む。
「琴原琴美。私と同室の子。面白いでしょ?」
咄嗟に自己紹介を代弁。
「面白いは無いでしょうぅ」
互いに自己紹介が不要な点を見ても、この二人が義姉妹なのは判る。会社にきた家族に、会いたくなったのだろうか。
「お父さんと一緒の部署に居ます。娘さんなの?」
あぁ、そう言うことか。琴美は瞬時に理解した。
「父が何か遣らかしましたかぁ。良いですよ。クビにして貰って」
目を垂らして口を曲げ、首を切る動作。本心のようだ。
「あら、随分察しがよろしいのねっ! それに遠慮がない。ふふっ」
楓は朱美と琴美のやりとりを、笑って聞いているだけだ。
「やっぱり、面白い子ねぇ」
そう言って楓を見る。見られた楓も朱美に返す。
「でしょぅ? お勧めっ!」
二人は気に入ったようだが、琴美は昼飯に夢中のようだ。次のセリフもまともに言えそうにない。
「うちに来る? 『ハッカー』なんでしょ?」
「んごっ!」
青田刈りにしては早い。目は丸くなっているだけで、発芽も何もない。
「駄目だよ! 琴美はNJS向きじゃないよ! ねっ!」
「んがっ! kdふぁえに決めないでよ!」
この妹にしてこの姉か。ルイはフランスの王様とは、良く言ったものだ。
朱美の持ち込んだ昼ごはんを、琴美はジッと観察していた。
トレイ上に『マフィン三個』。変わっている。しかも、さっきからそれに、手を付けていないのだ。
朱美に昼食を共にする意思はなく、『お話』をしに来ているのは明らかだ。
「ねぇ。あの冷蔵庫の『ユーザー』だったの?」
朱美の質問に、ハンバーグの三口目が、下唇の所で静止した。




