失敗と成功の狭間(四)
「電灯線LANは、Wifiと覇権争いを繰り広げました」
弓原が電灯線LANについて説明を始めた。しばし聞こう。
「日本でWifiに割り当てられた電波帯がですね『電子レンジ』の電波と干渉していまして、電子レンジを使用するとWifiが使えなくなってしまうのが判っていました」
学生の二割位が『なんでぇ』と『?』マークを頭上に掲示しているが、説明は続く。
「そこで『無線規格ではない家庭内通信規格』として考えられたのが、この電灯線LANだったのです」
学生の七割位が『へぇ。Wifiの代わりかぁ』になったので良しとしよう。
「電源の所に『電灯線モデム』を取り付けまして、通信と電力を分離します。こうして電源コンセントを通じて、情報のやり取りも、行うことができるのです」
弓原が手で強くマークした『電灯線モデム』。これがこの通信の肝だ。それは判る。
ということは、この『電灯線モデム』が、この規格の敗因だったとも言えるようだ。
「どうしてWifiに負けちゃったんですか?」
素直な質問が学生から出た。琴美は『負けてはいないけど?』と思っているのだが、それは極力顔に出さないようにしている。何か、昔から、そう言うのに慣れてしまった気もするが。
いや、昔からと言っても、高校三年のあの日からなのだが。
「まさかWifiチップが、こんなに安価で、省電力で、色んな危機に標準搭載されるとは、当時は思っていなかったのとぉ」
そう言って弓原は、電源コンセントよりも小さな機器、例えば『イヤホン』や『腕時計』の絵を指さして説明する。
確かに電力の消費が激しい無線機器を、わざわざイヤホンや腕時計に搭載する意味あんの? だったのであるが、今の世の中を見る限り、『意味あった』に軍配が上がっている。
「電灯線モデムの方は思ったより小型化出来ず、通信速度も思ったように上がらず、単価もWifi程は、安くできなかったのが敗因でしょう」
そう言って残念そうに説明する。
確かにバッテリー駆動のウエアラブル機器とは違い、据え置きで交流百ボルトを取り扱える機器を製造するコストは、それなりに掛かるには違いないだろう。
だから琴美だけが『いや、負けてないから』と念を押していても、誰も判らないのであるが。
それでも琴美は思い出す。そんなに家って便利だったのかしらと。
確かに、リビングでテレビを観ていた時に、お母さんが洗濯物を片付け始めると追い出される。
それで、リモコンを持って違う部屋に行って、スイッチオン。直ぐに続きから見れた気がする。
社宅だったから出来たのかなぁ? 弟の優輝が生まれて、今の実家に引っ越してからは無理だった。
じゃぁ、全部優輝のせいじゃん。なんちゃって。違うかぁ。
琴美はプンスカ怒る優輝の顔を押し退けて、説明に耳を傾けた。




