失敗と成功の狭間(二)
「こちらの冷蔵庫はですね、テレビチューナーが標準で八台内臓されておりまして、各々最大八台までの視聴、又は八台までの録画に対応しておりました」
そう言って弓原は、テレビチューナーのボードを引き抜いて見せたのだが、それを見て『あぁ、本当に八台もあるぅ』と判ったのは琴美だけだろう。
「給湯器用サーバって、何をするんですか?」
「それはですねぇ」
そう言いながら弓原が、パネルの方に移動して行く。
「基本的には『お湯の温度』を管理している訳ですが、お風呂場に出す温度、トイレの便座で使用する温度、床暖房で使用する温度、それともちろん、台所で使用する温度を、管理しています」
弓原がパネルの説明を終えると、また質問が飛ぶ。
「個人認証ってありますけど、それは?」
聞かれた弓原は『あぁ。これですね』と、パネルの端にある『個人認証で適正温度を実現』と記載されている箇所を指してから、説明を始めた。
「台所に入ったのが『大人』なのか、『子供』なのか。まずはそこからになる訳ですが、入った理由が『お料理』なのか『かくれんぼ』なのかでも、対処が別れます」
いや、そこまでの見分けは必要なのだろうか。
「普段台所に入らない『お父さん』が台所に入った。それは『酒の肴』を探しているのか、はたまた、証拠隠滅の為に『ディスポーザー』を使おうとしているのか。瞬時に見分ける必要があります」
嫌だから。そんな瞬時に見分けられても。
「お酒の燗をしようとしているなら八十度」
そう言って『お調子』と『ヤカン』を持って、既に『ご機嫌』な感じで台所をふらつく親父の絵を指して説明しているが、そんな『如何にも』な親父がどこの世界に。あ、家に居た。
手書きで小さく『俺はまだ酔っていない』と書かれているが、それも一緒だ。
「お茶を入れようとしているなら六十度、酔い覚ましの薬を飲もうとしているなら四十度。このように必要となるシーンにより、温度を切り替えるのです」
ニッコリ笑って説明する弓原を見ていると、琴美にはどれも『必要な機能』に見えて来るから不思議だ。
ちなみに『お母さん』の方は『カップラーメンの蓋を半開きにした場合は熱湯』とか。それは判る。
お父さんが酔い止めの薬を飲む時。『家族で遊園地へ行く約束をした朝に、二日酔いだったら熱湯』とか。
そこに記載されている例が、どれもこれも当たり過ぎていて、むしろ怖くなる場面の連続だった。
最後に正座して『もうお酒止めます』と、お母さんに必死に謝っている絵まで、家と一緒だ。その隣に座らされている、小さな女の子の赤い服まで、見覚えがあるではないか。
そこに、お母さんの顔は描かれていないが、どんな顔だったのかは子供ながらに記憶している。
そう思うと琴美は、何故か急に腹が立って来た。




