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失敗と成功の狭間(一)

 琴坂琴美は、久しぶりに秋葉原にやってきた。

 しかしそこに、琴美の記憶にある街の姿はない。父に連れられて来た『電気街』の街並みは、もっとゴチャゴチャしていて、それはそれで楽しかったのだが。

 ガード下に小さく軒を連ねていた電子部品の店や、『秋葉原のTDL』と略していた秋葉原ラジオ会館も、一体何処に行ってしまったのやら。


 きっとアンダーグラウンドには、少しは見覚えのある街並みがあるのかと期待もしたのだが、それも無理だと思い直す。

 そもそも国鉄秋葉原駅が、この世界には存在しないのだ。あの電車が九十度でクロスしている風景が、見れないとは。


 万世橋も何処へ行ってしまったのやら。

 万世橋のたもとにあるから『肉の万世』なのに、今は『肉の万世』から万世橋を推測するしかない。

 この『天をも貫こう』としているでかいビルの、三十四階から三十六階が肉の万世らしい。

 いやいや。こんなにでっかいビルじゃなかった気がする。

 琴美は足元をトントンとやって、口をへの字にした。

 万世橋は、多分この辺だ。


 そこから駅はないけど駅の方に戻った所が、秋葉原。そこにはNJSのショールームがある。

 同じビルで父も働いているのだろうが、連絡はしていない。今日は社会科見学に来ているだけなのだから。


 ビルのセキュリティ。琴美だけ手動で通過する。手慣れたもので『ハイハイ』と難なくパス。

 むしろ係員の方が、『これって、そういう時の為なんだぁ』と、感心している位だ。

 五分前だが全員揃ったようである。

 どうやら近所を散歩していたのは琴美だけだったようだ。


 奥から時計を見ながら、奇麗なお姉さんが出て来た。全員揃ったと表示されたのだろう。にこやかに説明を開始する。

「それでは『弊社の失敗作』について、ご説明致します」

 きっと今日のテーマについて、既に話がついているからだろう。前置きも何もなしに、パッと説明に入る。


 と、思ったら、奇麗なお姉さんが振り返った。

「私、弓原と申します。本日はどうぞよろしくお願いします」

 白い手袋をしたまま、名札を指さしている。

 そうね。自己紹介くらいしても、良いかもしれない。って、あの人か? 楓の新しいお姉さんって。

 そう思って楓の方を見たが、楓は知らんぷり。

 学生の団体と案内係の弓原は、穏やかな笑みを互いに交わし、礼をして、展示場へと進んで行く。


 やがて一台の冷蔵庫の前で、弓原が足を留める。にこやかに学生の方へ振り返った。

 良く見えるように『こっちこっち』と手を振り、全員の目が弓原に向いたのを確認して話始める。


「こちらがですね、十年前に開発されました『冷蔵庫一体型パソコン』です」

 そう言って扉を一つづつ開けて行く。確かに冷蔵庫である。見覚えのある卵入れや野菜室、製氷機もあるようだ。

 がしかし、一番上の扉を開けると、そこには電子基板が詰め込まれている。きっとそれがパソコンなのだろう。


 パチンを蓋をして弓原が説明を続ける。

「家庭用サーバとして中心的な存在になるべく開発されましたが、結局そこまでの地位に至ることはなく、失敗作に終わりました」

 そう言って、残念そうに笑う。彼女にしてみても『そりゃそうだろう』なのかもしれない。


「冷却装置と一緒にする所までは、良かったのですが」

 苦い顔である。そこへ、誰かが質問する。

「バーチャルPCを構成するんですか?」

 弓原は『おっ!』と表情を変えた。直ぐに答える。

「そうですね。会社の事務用PCは、今殆どバーチャルPCですが、これはその『家庭用』を目指したものです」

 少し騒めく。確かに『家庭用』とはオーバースペックだろう。しかし説明を続ける弓原の話を聞くと、そうでもないらしい。


「こちらはですね。テレビ用サーバ、エアコン用サーバ、給湯器用サーバ等、ありとあらゆる機器に対応したサーバを構築しまして、機器を買い替える際に必要となる『載せ替え』『学習し直し』を不要にした、とても画期的なものでした」

 そう言って、残念そうに笑う。

「それがどうして、普及しなかったのですか?」

 先を急ぐかのように琴美が聞く。すると弓原が笑顔で返す。


「本日はそれを、皆さんに考えて頂くことに、なっております」

 そうでした。それが授業の趣旨でした。

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