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恋路の果てに(四十九)

 朱美は行先を変更する。さっきまで実家に帰るつもりでいたのに、その選択肢はなくなった。お父さんお母さんごめんなさい。

 吉野病院は知っている。確か三カ月位前にも、お義母様のお見舞いに行った。凄く元気そうで、明るい入院生活を謳歌されていたのを覚えている。

 そこは、お義母様のご実家が経営している病院、だと思う。確かお義母様の旧姓は『吉野』だし、病院の偉い人はみんな『吉野さん』だし、その先生達が今だにお義母様を『お嬢様』と呼んでいる。

 これでご実家じゃなかったら、寧ろそっちの方が驚きだ。


『間もなく、吉野病院701号室です』

 やはりハーフボックスは便利だ。『病院直行』所の便利さではない。受付も何もかもすっ飛ばして『病室直行』である。

 お見舞いの品を買うために売店に寄ることもできないが、それはすっかり忘れている。

 もし『面会不可』の時間帯であれば、そこは病院のコンピュータとハーフボックスの制御コンピュータが通信を行い、出発前に連絡をしてくれることだろう。

 行先が指定出来たと言うことは『病院への立ち入り許可』『病室への立ち入り許可』が下りたということ。時代は進んでいるのだ。

 だから朱美は、到着と同時にハーフボックスを飛び出した。


「こんばんわっ! 徹さん大丈夫?」

「やぁ朱美さん。待ってたよ! 来てくれたんだね!」

 二人は別れて間もない『今日の内』に再会を果たしたのだが、少し『よそよそしい』言い方だ。

 二人で逢う時は『徹』『朱美』と互いに呼び捨てなのに、今は『徹さん』『朱美さん』と『さん付け』であるのには理由がある。

「あら、朱美さん。会社から飛んで来てくれたの?」

「はい。驚いてしまいまして」

 そう言って、義母・静の方を見た。窓辺に沢山の花が飾ってあるのを見て、朱美はハッとする。


「良いのよ、お花なんて。うふふ」

 静は笑顔で朱美に話す。そして、徹の顔と朱美の顔を交互に眺めて微笑んだ。

「朱美さんが元気で笑っていてくれれば、徹も直ぐに元気になるから。何も心配ないわ。ねぇ」

 静は朱美にそう言ってから、徹の方に笑顔を振り撒いた。

 言われた朱美は思う。うっかり顔に出てしまったのだろうか。それにしても、相変わらず『勘の良い』お義母様である。

 でもご病気は何かしら? でもこの様子だと、多分『G』。


「私もテレビで『徹さんが行方不明』って見て、倒れちゃったのよ」

 静には『先を見通す能力』があるらしい。朱美は再び感心する。

「徹さんの洗濯物を干した所で、全然不明じゃなかったのにねぇ」

「お義母様も、そうだったんですか!」

 気が合うなと思って、朱美は思わず同意したのだが、静にはその『も』の意味が判らない。でも、そこは流す。


「じゃぁ私、夕飯食べて来るから。お二人でごゆっくりぃ」

 そう宣言して、本当に元気そうな静がベッドから出た。きっと特別室専用のレストランに行くのだろう。

 残された二人は会釈して見送る。


「二時間位、戻らないから。判るわね?」

 少し目を細めて、静は楽しそうに二人を指さす。

「お義母様!」「何言ってんの!」

 思わず徹と朱美は叫ぶ。多分顔が真っ赤になっていたのだろう。静は笑いながらも手を振り、病室を出て行く。

「一回、言ってみたかったのよぉ。捕らわれた二人の前でぇ」

 つくづく『勘の良い』お義母様である。


「本当に『二時間』戻ってこないと思う?」

 苦笑いで徹が朱美に聞く。そんなこと言われたって、朱美に判る訳がない。それに、二時間頂いても無理なことはある。

「私、もうヒリヒリしてるから、ダァメッ!」

「本当? 実は俺も!」

 二人は互いに『何を言わせているんだ』と笑顔でド突き合ったが、その後は真顔に戻って、今日互いに起きたことを話し始める。


 そして朱美は、徹に何もかも打ち明けた。つつみ隠さず全部。

 徹は物凄く驚いていたが、朱美が涙も拭かず話すのを、目を逸らさずに、むしろ食い入るようにじっと見つめながら聞いた。


「それでも私と、結婚してくれる?」

「勿論だよ。何も心配は要らないよ」

 縋るように泣いている朱美を、一秒でも待たせたくはない。徹は直ぐに返事をした。そして抱きしめる。朱美も徹にしがみ付く。

 朱美の抱き付く力は、今までで一番強い。まるで崖から落ちるのを、必死に堪えるよう。息も苦しいが、それでも徹は朱美の好きにさせて、朱美の頭を優しく、優しく撫で続けた。


「死ぬときは、一緒だよ」「うん」

 互いの耳元で囁くと、再び見つめ合う。朱美の頬を流れ続けていた涙がゆっくりと九十度までその向きを変え、流れ落ちて行った。

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