試験(八)
琴美が自分の部屋に入ると、そこには優輝がいた。パソコンを使って何か調べ物をしている様だ。宿題でも出たのだろう。
「何やってるの?」
優輝からの返事はない。この二人に『ただいま』『おかえり』の挨拶は不要だ。
琴美は自分の部屋で寛ぐ弟の所へ近付くと、鞄を机の横に置き、母から受け取ったパンフレットを机の上に置いた。
「調べ物?」
琴美が置いたパンフレットを邪魔そうにどけると、優輝は黙って頷いた。今、大事な所らしい。
「ふーん」
琴美はちらっと画面を覗き込んだが、余り面白そうなものではなさそうだったので、直ぐに目を逸らした。
そのままパソコンに向かっている弟の後ろで、着替え始める。
優輝は後ろで物音がしても感心が無さそうに、画面に現れる情報の整理をしていた。
彼にとって姉の着替えシーンなど、ネコロンダーの秘密に比べれば、見る価値すらないものなのだ。彼はまだ若かった。
いや、それはそれで正しい判断だったかもしれない。
もし琴美が下着だけの時に振り向いたなら、確実に優輝の命は、いや、それ以上のことは言うまい。
琴美はパソコンの画面を覗き込んだ。
「なんだ、ネコロンダーか」
「いいじゃん」
それは至極当然の反応だ。自分の趣味に対し、『なんだ』と言われたら『かんだ』と言いたくなるのは当然だ。
それをぐっと堪えた優輝は、大人の入り口に立ったと言える。
優輝はパソコン利用時間終了の雰囲気を感じ取り、マウスを握る手を離した。少し汗が滲んでいる。
やはり、ネコロンダーは良いものだ。
特に、ネコロンダーピンクの谷間が。
五人がポーズを決めた時に、最後まで動いているのがネコロンダーピンクの谷間だ。
ネコロンダーのメンコを良く見ると、そこだけぶれているのがその証拠だ。つまりそれは、ネコロンダーピンクの……。
優輝がパソコンからIDカードを引っこ抜いたので、パソコンの画面がロックされて見えなくなった。琴美は驚く。
自分のパソコンに、そんな機能があったとは。
見ている前で優輝が、机に置いてあった琴美のカードを差し込むと、パソコンの画面が切り替わる。
すると、いつも琴美が使っている画面に戻った。
「さんきゅ」
短い挨拶を残し、優輝がイスから立ち上がる。そして、スタスタと歩き始める。驚いて返事もできない姉の横を、さして驚く様子もなくすり抜けて、部屋を出て行った。
琴美は、小学生が英語で礼を言ったことに驚いた訳ではない。
自分の名前が書かれたIDカードをもう一度引き抜くと、パソコンの画面がロックされた。
『ジャパネット四級 琴坂琴美』
そう刻印されたIDカードを見て、何気なく裏を見た。
「なんじゃこりゃ?」
そこには『情報省』と書かれた知らない省庁の名前が書いてあった。かといって、それが偽物とは思えない。
琴美はIDカードを二、三回くるくると回し、疑いの思いを込めてもう一度パソコンに挿入した。
言葉も出ない。ポロロンという音がして、画面が開く。
琴美はインターネット検索を開いて『ジャパネット』という単語について、調べることにした。




