恋路の果てに(四十二)
少佐は朱美のホッとした顔を見て考える。
本当に誰からのものか、判らなかったのだろうか。本当に電話をして、中身を調べようとしていたのだろうか。
朱美は右手で胸を撫で下ろしている。そんなに怖かったのなら、もう少し覚えていても?
「これで安心です。でも、まだお願いしていなかったのに。良く判りましたね?」
そう言って朱美は不思議そうに首を傾げる。
「手紙は全部『X線検査』をしてからね。届けているんだよ」
そう言って、朱美の反応を見る。少し驚いているようだ。
「全部なんですか?」
「あぁ、漏れなく全部だ。はがきも封書も。全部だ」
少佐は沢山の郵便物があるかのように、両手を広げる。
「それは大変そうですねぇ」
しかし朱美は気の毒そうに言うだけだ。特におかしい様子はない。
「あぁ。でも最近は、何があるか判った物じゃないからねぇ」
それには朱美も同調して頷いた。少佐は話を続ける。
「それで通信課の課長から『一応』って『報告』があってね」
両肘を机上に付けて前のめりになる。
「それで判ったんですね」
朱美は納得して頷いた。落ち着いた笑顔を見せている。
「こっちも『一応』、調べに行かせて貰ってね。開封して調べさせて貰ったから」
少佐からの詫びはない。しかし朱美の表情はパッと明るくなった。
「あっ、もう現物を? ですか? 危なくなかったですか?」
最後は少佐の心配までしているではないか。
少佐は椅子に反り返って、井学大尉を指さした。
「いや、開封は、井学大尉に、やってもらったから」
そう言って笑う。朱美は『あらっ』と思ったのか、井学大尉の方を向いて声を掛ける。
「それはそれは。お役目とは言え、危険なお仕事を。ご苦労様です」
そう言って頭を下げた。井学大尉は『当然のこと』と言わんばかりに、朱美に会釈を返しただけだ。
朱美は、一切手紙の内容のことには触れて来ない。どうやら本当に中身について、興味も何も無いようだ。
「所で、今日はどんなご用件だったのでしょうか?」
朱美がまるで『手紙のことはもう終わり』とでも言うように聞いて来た。少佐はジッと朱美のことを観察している。
「実はね、その手紙、君の『旦那様』からだったんだよね」
そう言って少佐は、朱美を睨む。すると朱美は、急に不機嫌な顔になったではないか。やはり知っていたのだろうか。
「そうですか。徹さんからでしたか。全く。人騒がせなぁっ。どうもすいませんでした。今度会ったら、良く言っときます」
苦々しい顔になって、少佐に頭を下げる。
「どうしたの? 喧嘩でもした? 何か心当たりが?」
少佐は心配そうに朱美に聞いた。すると朱美は『世間話』をするかのように、少佐に報告をし始めた。
「前回デートの約束をすっぽかしたので、その言訳か何かですよ」
まるで沸々と込み上げる怒り。今思い出しても『あんにゃろう』なのだろう。右手は何度もパタパタしている。
「それは困った『旦那様』だねぇ」
そう言いながらも、少佐は考える。
朱美は、ニュースを見ていないのだろうか。確か、まだ世間には『弓原少尉が行方不明』と流して貰っている。いや『お役人名義』だったか。まぁ、どっちでも良い。
どうやら、本当に『徹夜で仕事』だったのだろう。それに『今度会ったら』と言っていた。
つまり、まだ会っていない。そして、手紙の内容も知らない。
「お詫びじゃなくて、『式場を探そう』って内容だったよ?」
残念ながら、今回『朱美の予想』は外れたようだ。この『教授』にしても予想を外すことはあるのか。
苦笑いして少佐が手紙の内容を明かし、両手を上にして困った顔をして見せた。
しかし朱美は、納得していないようだ。前のめりになる。
「そうなんですか? 私は先ず『フレンチ』でもご馳走して頂かないと、納得できませんよ? 本当にそれだけですか?」
首を曲げ、頭から湯気が出ているではないか。おいおい。女って恐ろしいな。さっきまで泣いていた女とは思えない。
「頼むから、仲良くやり給え。今日はご苦労さん」




