恋路の果てに(四十一)
イライラしながら少佐は、スマホが初期化されるのを睨み付けていた。まったく。よくもくだらないことに、使ってくれたものだ。
この電話の料金は、大切な『血税』で賄われているのだ。
そこで少佐は、ふと思い出す。
「所で『封筒』に見覚えは?」
少しぼかして聞いて見る。朱美の反応を探るためだ。
「何の封筒でしょうか?」
まるで『何も知らない』とでも言うように、直ぐに聞き返して来た。少佐は更に聞く。
「宛名のない奴でね。コレ位の」
下を向き、両手で封筒のサイズを示す。それで、丁度良い大きさになった所で朱美の方を見た。
「あぁ、会社の封筒ですか?」
ピンと来たのか、それとも『風』か。朱美は頷いた。
「新しいの、手に入る?」
とりあえずそっちの線に話を切り替えて、少佐は更に聞く。
「いえいえ。以前お話したかもしれませんが、未使用の会社の封筒は持ち帰れません。員数、管理されていますし」
申し訳なさそうな、困った顔をして、朱美は右手を横に振る。
「あぁ、前に聞いたかねぇ」
「お役に立てなくて、申し訳ございません」
思い出す振りをする少佐に、朱美も謝る振りをする。
「宿舎の、君の部屋に届いた『封筒』なんだけどね?」
少佐は尚も朱美の目を見続ける。しかし朱美の反応は悪い。小首を傾げて、『封筒』が届く可能性を考えたが思い当たらない。
「こんなサイズの『封筒』が、私の部屋に?」
「そうそう」
朱美も両手で封筒の大きさを示す。それに少佐が頷いた。
「あぁ、一通来ていましたね。何やら汚い字のが」
「思い出したようだね」
「はい。少佐にご相談しようとお電話したのですが」
「おや。そうなんだ」
少佐は頷いた。黒電話の受話器に手をかける。
「ええ。確か『差出人』の名前が無くて、不気味だったので」
怖がりの小心者を演じる。朱美は眉を顰め、困った顔だ。
「差出人、不明だったんだねぇ」
そう言いながら、少佐は受話器を上げる。朱美の顔を見たままだ。
「協力者の山崎朱美さんから、電話があったの?」
少佐が優しく電話の相手に聞く。暫く待つ間も、朱美から目は離さない。朱美の様子に、特におかしい所はない。
「ない? 一度も?」
朱美に聞こえるように受話器に確認する。朱美は平常だ。
「公衆電話からです」
「公衆電話から。そう。あった? 何時?」
「今日のお昼休みです」
秘書が答える前に、朱美が答える。少佐は頷いてそれを伝えた。
「お昼頃。あった? そう。どこから?」
「会社です。十五階のエレベータホール横の」
また朱美が、かなり具体的な場所を先に言う。
「NJSの公衆電話から。あらそう。ありがとう」
少佐は少々悔しそうに受話器を置いた。
「場所までは判らないそうだ」
少佐は苦笑いで、両手を上に上げた。どうやら朱美の言っていることは正しいようだ。
「そうですか」
朱美の様子におかしい所はない。しかし少佐は不思議に思った。
「電話を、誰も取らなかったのかい?」
「はい」
二回しか鳴らしていないが、それは言わないでおく。
「何でさぁ」
いつも秘書が詰めているのに。全然電話番になっていないではないか。少佐は納得できず、不満を露わにして椅子にそっくり返った。
「そう言われましても。私には判りかねます」
それはそうだ。確かにそう思って、少佐は頷いた。
本当の所を言うと、朱美は『秘書室』には掛けていない。少佐の机上の電話にダイヤルインしたのだ。
机上の電話は少佐しか取らない。相手は少佐の予定を気にしない『上官様』か『奥様』のどちらかである。
「その手紙ね。『X線検査』で、引っ掛かったんだ」
少佐がそう言うと、朱美の顔が驚いた顔になる。どうやら朱美は『X線検査』が実施されていることを、知らなかったようだ。
少佐が前のめりになって、朱美の顔を覗き見る。すると朱美が、パッと頭を下げた。髪も勢い良く揺れている。
「検査して下さったんですね! ありがとうございます!」
朱美のホッとした顔。それは意外にも『感謝の言葉』だった。




