恋路の果てに(三十四)
「仲間は何処だ!」(バシッ)
「ギャーッ!」
「答えろ!」(バシッ)
「ギャーッ!」
そんな声が聞こえている廊下をただ歩く。今の声は、今通過した左の扉からだ。
朱美は顔をしかめて目を瞑り、そのまま素通りする。だってこちらは、銃を突き付けられているのだから。
「殺してくれっ! もう、殺してくれぇぇ! あぁぁぁっ」
今度聞こえて来たのは右の扉から。扉の隙間から稲光が廊下を照らすと、男の声が聞こえなくなった。
もちろん朱美は、強い意志を持って真っ直ぐ前を向いたまま、通過である。
「起きろ!」
今度は、寝坊をしたとしても、そんな起こされ方はされたことがない感じだ。
後ろから『ドスッ』と鈍い音が聞こえ、『うぅ』と唸る声。良かった。どうやら男はリクエストに応じて目覚めたようだ。
どの部屋にも『診察室』と番号が掲示されている。一体、どんな『診察』がされているのか。朱美は知りたくもない。
もちろん、どの『診察室』に向かっているのか。それだって、知りたくもない。
長い廊下を歩いて行くと『監視カメラ』が見守る鉄の扉が、朱美達を出迎える。流石に朱美は、行く手を遮られて止まる。
『誰の護送だ』
スピーカーから声がする。
「山崎朱美だ」
銃を持った男が答える。
『少し待て』
すると監視カメラを支えるアームが伸びて、動き出す。
『定位置に立て!』
そう言われて朱美は困惑する。後ろからは『男の絶叫』が聞こえているのだ。何も聞かないようにしていたのに。どうしたら良いのか。キョロキョロし始める。
「早くしろ!」
銃を構える男が叫んだ。本当に気が短い人達だ。
「こっちだ」
すると『捨て駒』の男が朱美の横に来て、足元を指さした。
朱美がその先を見ると、床に『足跡』が二つある。直ぐに理解して、その足跡の上に移動した。これで良いだろう。
実は『命の恩人』なのかもしれないが、ここで礼を言う余裕もない。朱美は再び真っ直ぐ前を見た。
すると監視カメラが朱美の前にやって来て、パッとライトが点いた。朱美は眩しくて目を逸らす。
『こっちを見ろ!』
ですよね。の心境だ。しかしそれを表情に出す余裕もない。朱美は経験がないのだが、運転免許証の写真を撮るように、監視カメラの方見た。眩しい光の先でレンズが動いているのが判る。
『よし。通れ!』
小さく『ガチャ』っと音がして、扉が開いて行く。朱美は溜息をして扉を通り過ぎた。
まだ目の中に『緑色の残像』が残っている。目をパチクリさせていると、直ぐにまた別の扉が現れた。
今度の男も『軽装備の薄着』ではあるが、パリッとした制服を着ている。多分軍人だろう。
「大人しくしていろ!」
既に大人しい朱美にそう注意した男の顔を、朱美は覚えていない。何故なら、直ぐに頭から黒い布を被せられてしまったからだ。
どうやら目隠しのようだが、完全に見えない訳ではない。ちらちらと足元だけは見える。
だからと言って、何が出来ると言う訳ではないのだが。
「付いてこい」
無茶を言う。こちらは前が見えないのに。そう言う言い訳もできないが、朱美は歩き出す。
どうやら『分厚い扉』を通り抜け、まるで『オフィス』のような床面が現れた。そこを歩いて行く。
前を歩く軍人の足音だけを頼りに進む。角を曲がるときは、『捨て駒』の男が「右だ」「左だ」と助言がある。
一体、何回角を曲がっただろうか。最初は数えていたが、それも判らなくなった。随分広い建物のようだ。
実は先頭の軍人は、朱美を警戒して無駄にあちこち歩いただけだ。場所を記憶させないための常套手段である。少し下を見せているのだって、集中力が欠けるようにわざとなのだ。
どうしてそんなことをしているのか。
そんなの決まっている。それは、これから朱美を連れて行く『特別診察室』が、最高機密の場所だからだ。




