恋路の果てに(三十一)
今日も定時で仕事が終わる。『庶務の仕事はそんなもん』と言われれば、確かにそんなものかもしれない。
多分、同程度の実力を持つ人が、まだ残業している。『手伝いたい』とも思うのだが、最近は声を掛けるのも諦めた。
誰も彼も『大丈夫』と笑顔で返す。目の下にクマを飼い、三日も風呂に入っていなくてもだ。
きっとみんな『遠慮』しているのだと思いたい。
朱美は知らない方が幸せだろう。皆『遠慮』なんてしていない。本当に手伝って欲しくないのだ。
むしろ『開発基準』を熟知していない『外部技術者』は、素人よりたちが悪い。
もし『遠慮』しているとしたら、それを言わないことだろう。
「お先に失礼します」
「お疲れー」
「おつおつー」
「またあっしたー」
嫌われていないことは確かであろう。挨拶をすれば、皆笑顔で返してくれる。
手を振ってくれたり、敬礼してくれたり、栄養ドリンクで乾杯してくれる人まで様々だ。
しかしこれも、朱美は知らない方が幸せだろう。朱美に気を使っている理由は一つしかない。
部長の承認を、代わりにしてくれることだ。この会社の『セキュリティー』って、一体、どうなっているのやら。
朱美は自分のスマホをロッカーから回収して、エレベータホールにやって来た。そこでハーフボックスを予約する。
行先は国鉄総武本線・小岩駅。そこから電車に乗り換えて、千葉の実家に帰るのだ。
始発電車で座って帰ろうと思えば、始発の両国駅へ行けば良いのだが、今夜からアンダーグラウンドで『ねずみ狩り』が行われる。
だから『標高』で言えば両国駅も、アンダーグラウンドである。多分大丈夫だろうが、何となく嫌な気分だ。
駅間の星も見えない真暗な世界で、電車とは言え『ねずみ狩り』に、遭遇したくはない。
「週末は、実家でゆっくり過ごそう」
夕方は帰宅ラッシュで、ハーフボックス待ちになる。朱美も『会員』ではあるが、こんな時間帯は種類を選んでは居られない。
今日は、凄く疲れたのだ。
徹とのデートが終わりに近づくと、次回合う約束を三回分先まで決めておく。
一回目の約束は、大体翌日だ。それは『逢う約束』と言うよりは、『予定変更の為』であり、朱美はその約束を行使したことはない。
二回目の約束が本命。お互いに約束を違えたことはなかった。
三回目の約束は『予備』で、大体三カ月後だ。
今日の徹を、朱美は三カ月待った。徹は二回目に、初めて現れなかったのだ。何をしていたのか。
それは知らないし、お互いに詮索しない約束だった。
だから『ラストチャンス』でダークサイトにログインしていたとき、徹に繋がったときは正直驚いた。
楓が勝手に操作して、勝手に話して、そして勝手に切ってしまったけれど。
まったく。少しは声を聞きたかった。少しは話をしたかったのに。
まぁ、その後楓には、きっちり『お仕置き』してあげたけどっ。
朱美は『会員用』ではない『一般』のハーフボックスに乗り込んだ。やかましいCMが流れ続ける奴だ。たまに飲み溢しのコーヒーや、パンクズなんかも散らかっていて、余り好きではない。
基本的にハーフボックスには『監視カメラ』が付いていて、乗客の行動は監視されている。もし『粗相』をして『営業不適』となった場合は、共同の清掃所に回される。
だから密室での『いかがわしい行為』なんかできない。
まぁ、『軽くチュゥ』位は許されるだろうが、『がっつり』やっちゃった暁には、めでたく『ブラックリスト入り』となる。
そうなるともう、東京ではまったく移動ができなくなってしまう。
それが判っていても、年間五組、合わせて九名は居るそうだ。
何故に奇数なのか。『三人一組』だからなのか『お一人』なのか。知らぬ。別に、朱美にはどうでも良いことだ。
朱美は、外の景色は見えないが凄い加速を感じ、時速二百キロに達したのが判った。どうやらEXで『詰め替え』はないようだ。ラッキー。早く実家に帰れそうだ。
すると、五分もしない内に、今度はハーフボックスが減速し始める。朱美は少しウトウトしていたようだ。停止と共に席を立つ。
「両手を挙げろ! 動くな! 拘束する!」
朱美は完全武装の二人の兵士に、マシンガンを突き付けられた。




