表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/1522

恋路の果てに(三十)

 やっとのことで弓原徹は職場に着いた。やっぱり慣れた職場は良い。『平穏』そのものである。

 自分の机に向かうまで、時々知っている顔を見つけて会釈。すると向こうは、妙に『驚いた顔』で見る。

 何だか判らんが、そんなに驚かなくても良いではないか。

 そんなに家の母親が倒れたことが、有名になっているのだろうか。

 別に『只のお嬢様』かもしれないが、今は普通の主婦である。


 さっきの母の件、結局『ナナ・サン』で『G』に掛けた。

 あの散らばった新聞紙は、騒ぎ出した母に代わり、父が新聞紙を丸めて持ち、『G』を撃退した名残だろう。

 そして、うっかり『直ぐに皿を洗わないからだ』とか何とか言っちゃって、母が泣き出す。


『私を守るって言ってくれた貴方は、何処へ行ってしまったの?』

 決め台詞はこれだ。思い浮かべて少し笑う。

 腕を振りながらの熱演は、まるで『宝塚』のようである。なかなか『昔の癖』は、直らないのだろう。

 繰り返すが、今は普通の主婦である。


『ここにいるよ!』

 それで焦った父が取り繕うが、新聞紙にくるんだ『G』を手に持ったまま、母に近付いてしまう。

 母は新聞紙におののき、そのままバタンキュー。閉幕。

 やっぱり残業して、明日お見舞いに行くことにしよう。決まり!


 弓原は自席にカバンを置いて、先ずは『出張先からの帰還報告』をしに、課長の参河席へ向かう。

 遠目に見て課長の参河は、もう仕事をしているのか下を見ている。だから近付く弓原に気が付いていない。

「おはよーございまーす」

 同じ課の一年先輩の狩谷に挨拶する。しかし、目を丸くしているだけで、返事はない。まぁ良い。忙しいのだろう。

 後はダイナマイトクラスの楯川女史、四角い顔の知坂先輩に会釈。二人から返事がないのは、いつものことだ。他の人はまだのよう。

 弓原は参河課長席に着いた。下を向いていた課長は、朝からスマホでニュースを見ているようだ。

 まさか『天気予測』だったりして。そしたら笑う。


「課長、おはようございます」

 弓原は、いつもの調子で参河課長に声を掛ける。すると課長は、ヒュッと顔を上げ、弓原を見た。

 瞬間的にもう一度下を見た後、直ぐに顔を上げる。


「お化けが出た!」

「何を言ってるんですかぁ」

 弓原は笑って両手を広げる。しかし、普段から冗談を言わない参河課長が『お化けが出た』と言っているのだ。

 弓原は咄嗟に思う。『もしかして、目の下にクマが?』と。

 やり過ぎてしまったと、一方で反省はするが、後悔はない。

 確かに『寝不足』ではある。しかしそれで『お化け』呼ばわりされては、この部署は『全員お化け』の集まりではないか。


「お前、知らないの?」

「何をですか?」

「これだよ。これぇ!」

 そう言って、スマホのニュースを弓原に見せた。

 それは『使用禁止の個人携帯』ではないか。入り口のロッカーに入れなくて、良かったのだろうか?

 そう思いながらも小さな画面を覗き込むと、それはまるで『身分証』のようである。

 左側に自分の写真があって、その右には名前と肩書がある。


「いや課長、俺、もうイー407降りましたからぁ」

 今日から所属は元通り『緊急警報課』に復帰だ。そういう意味を込めて言ったつもりだった。

 しかし参河課長は、困った顔するではないか。


「お前コレだよコレ! 行方不明! お前、海に沈んじゃったの!」

 スマホの画面を叩いて弓原に良く見せたが、画面はもう『イー407』の写真になってしまった。

 ちょっと懐かしいではないか。二度と乗りたくはないが。

 その瞬間、さっき『モップ』で脅されたことを思い出す。


「私は三日前から『イー407』には乗艦していませんよ?」

 すると参河課長の顔がパッと明るくなった。

「そうだったの! お前、運がいいなぁ」

 とは言ったものの、ニュースでは百四十人もの乗組員を心配する放送がまだ流れている。課長は直ぐに真顔に戻った。


「いやー戦闘機が海に墜落しちゃって、乗艦できなかったんすよぉ」

 確か『強制された筋書き』はこうだ。あとは鈴木少佐がワニ、じゃなくて、サメに食われたと言えば完璧。ごめんね少佐。


「お前、今直ぐ病院行って、診て貰って来い! 業務命令だ!」

 どうやら少佐の出番はなく、弓原も入院になってしまったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ