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恋路の果てに(二十九)

 弓原徹はハーフボックスで『ぐったり』していた。

 もう、何もかも出し尽くしたつもりで居たのに、まだ何か出そうになった。これには『人間の神秘』を感じざるを得ない。

 早く家に帰って、今度は背広に着替える。十五分もあれば十分だ。

 急にお腹が減って来たが、そこは家で何か食べる物を探して、職場行きのハーフボックスの中で食べれば良いだろう。

 とにかく早く、職場に向かわなければならない。


 すると、突然電話が鳴り出した。

 しかし今の徹に、電話に出る元気はない。無視だ。

 それに、チラっと見た『発信者』は『楓』である。『何だ』で終わり。どうせ、碌な電話ではないだろう。

 何故に『このタイミング』で掛けて来る? 

 もう少し寝かせて欲しいのに。いつもそうだ。

 給料日とか、ボーナス支給日とか。そんな日に限って『楓』『母さん』『楓』『母さん』『楓』『母さん』と交互に。

 で、ずっと無視していると『親父』から。何だと思って出たら『母さん』の声。まったく。何やってんだか。

 そうだ。今度『親父』の表記も『ほぼ母さん』に変えておくか。


 それでも電話は鳴り止まない。うんざりしてスマホを見る。

 よく見ると、チャットに入る着信履歴が凄い。一応『何だろう』とは思うのは、やはり家族だからだ。


 実は『アンダーグラウンド』にいた徹の電話は、ずっと『圏外』になっていた。

 その間に掛かって来た『着信履歴』が、『圏内』になった途端、徹のスマホに届き始めたのだ。

 それに合わせて、n回目の着信が届く。そんなに鳴らしたら、バッテリー切れになってしまうではないか。

 家で充電しているヒマなんて、ないと言うのに。

 仕方なく徹は、『楓』からの電話に出る。前回の給料日振りだ。


『何で出ないの! お母さん倒れたんだよ! 判ってんの?』


 ハーフボックスの大画面に出さなくて良かった。きっと凄い形相だろう。可愛い妹とは言え、怒っている顔は見たくない。


「判ってない」

 徹は楓に『事実』を言ってみたが、聞いていないようだ。

『救急車で運ばれて、今入院中! 直ぐ来て!(ガチャ)』


 楓の剣幕を耳にしても、徹は冷静だった。口を少し『への字』にしただけだ。

 母の静が『入院』したら、どういうことになるか。それはもう、良く知っている。

 叔父さん叔母さん達が『専用フルボックス』で、大挙してやって来る。そしてそのまま待機させるので、病院の小さなエレベーターホールは満杯だ。

 最後には、年老いた静のご両親、徹と楓だけが『おじいちゃん』『おばあちゃん』と呼ぶ権利を保持しているのだが、この二人までが各々専用フルボックス『おじいちゃん号』と『おばあちゃん号』でやって来る。

 傍から見たら『同居しているんだから一台で来いよ』と、言いたい所だが、それを言うものはいない。


「どうせ、『G』でも見たんでしょ?」


 そう呟いて徹は溜息をついた。今までの引っ越し、数えること三回。いずれも理由は『G』だ。

 忘れもしない、初めての引っ越しの時。気が付いたらもう、引っ越しが終わっていた。

 ハーフボックスの行先として登録してある『自宅』の座標が、新しい座標に変更されていたのだ。

 お陰で、路頭に迷わないで済んだし、仕掛けとして驚く程のことではない。それよりも、ベッドの下に隠してあった『色々な物』が、全てオークションに出されていたのには、正直驚いた。

 楓から全部買い戻すのに一体幾ら掛ったのか判らない。それ以外に『キャンセル料』とか、『口止め料』とか、まったく。

 窓からの眺めが『昨日と変わっている』ことに、早く気が付いて良かった。ホント。俺、GJ。

 徹はチャットで連絡だけすることにした。


『仕事に行くから。夕方夜よ』


 ちょっと間違えてしまったが、徹はそのまま楓に送る。

 返事はない。どうやら、納得してくれたようだ。


 徹を乗せたハーフボックスは、無事自宅に到着した。

 今度は行きと同じ場所である。一応リビングに行ってみることにして、ドアを開ける。

 するとそこには、新聞とチラシとテレビのリモコンが、散らかったままになっているではないか。修羅場のようだ。

 それに、普段はキッチリしている父のクローゼットまで、扉が開けっ放しである。父の前で倒れたのだろうか? ん? 本当か?

 徹は考える。今回も『お騒がせ』なのか否か。また難題である。

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