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恋路の果てに(二十八)

 弓原勝はネクタイを結んでいた。

 朝っぱらから掛かって来た緊急電話。最初は『様子見』の第一報。いつも通りだ。『心配ない』とのことだった。

 しかし、さっき掛かって来たのとは違い、今度のは本当に『緊急』だった。

 何しろ『ガリソンパイプライン』の警報は故障ではなく、『正しい警報』だったのだ。

 何か障害が発生してしまったのは明らか。お陰で『朝のルーティン』は滅茶苦茶だ。

 勝はネクタイを結びながら、髭を剃っていないのに気が付く。


 会社にとって、いや、ガリソンに依存する日本にとっても、それは一大事に違いない。それに、警備担当役員の勝にとって、それは正に念場。繋げて『正念場』。いや、『念場』って何処?

 それは良い。とにかく、会社で対策を練らなければ、ならなくなってしまったのだ。

 直ぐにその場で指示はしたものの、やはり電話ではなく『現場』に行かなければならない。首相だってそうしている様に。

 え? してない? 嘘でしょ? コホンッ! アヤマリナオシタ


 丁度その頃、リビングに弓原静が現れた。

 何処から湧き出たのか、大量の洗濯物。犯人の目星はついている。『元は白い軍服』を見れば、もう明らかだ。

 鼻を曲げながら、一つづつ摘まんで洗濯機に放り込んだ。洗剤はいつもの三倍入れてみる。多分正解。

 そして、やっとの思いで干し終わった所である。スッキリ晴れやかな気分だ。

 それに、何だか急に『朝食の用意』はキャンセルになるし、もしかしたら『明日の朝食も不要』とのこと。これは寝坊チャンスだ。


 暫く家に居なかった息子の徹も、今日は帰っているみたいだし、娘の楓も週末は会社の僚から帰って来る。

 今日は徹の奢りで、夕食はいつものフレンチにでも、連れて行ってもらおうかしら。

 あぁ、そうしたら今日は美容院に行って、先週届いたドレスを試しに着てみるのも良い。そう。練習は大事。


 静はそんなことを考えながら、リビングにやってきたのだが、そこで小さく溜息をする。

 ソファーセット前のテーブルに、新聞が散らかしっぱなしである。『折り鶴』でも作ろうとしているのか、いやいや、それは大きすぎる。きっと『兜』に違いない。

 きっと『孫』が出来たときに備えての『練習』だろう。


「勝さんは、凄く早いからっ」


 何を思い出したのか、静は笑った。そして新聞を片付け始める。途中のチラシに引っ掛かっていると、横目にテレビがついているのに気が付いた。


「音を消して映像だけ見るなんて、勝さんらしいわっ」


 またまた何を思い出したのか、静は笑う。

 勝に、そう言う趣味はない。静は財閥の『箱入り娘』、ガチのお嬢様である。使用人のいない『一般家庭の生活』を、今はエンジョイしているだけだ。

 テレビを観ている所に、緊急電話が掛かってきたのだろう。どうやら『消音』にしていただけのようだ。


 しかし静には、その解除方法が判らない。判るのは『電源』『チャンネル』『音量』のボタンだけである。

 先日、急に『ビデオ1』としか映らなくなってしまったが、直ぐにテレビを買い替えた。

 電気屋さんにも『ナイショにしてくれ』とお願いしたし、多分バレていない筈だ。


 リモコンを机上から拾い上げ、電源ボタンに手を掛ける。そして後は、テレビに向かって軽く振り『エイッ』とやれば良い。

 そこで、急に静の手が止まる。パッと明るい顔になった。

 そこには愛しい息子、徹の凛々しい写真が映し出されていたからだ。さっき洗濯した『在りし日の白い軍服』を着て、キリっと引き締まったお顔。

 うんうん。我が子である。今日も元気で何処へやら。


『海軍の潜水艦イー407行方不明。乗員名簿に気象省の弓原徹氏』


 静の黒目は上にあがり、立派な白目となって時間が止まる。いや、彼女の中の時間は、徹がお腹に宿ったあの日まで一気に遡る。

 そして、そのまま全身の力が抜けて倒れ込んだ。

 リモコンが、静の手から滑り落ち、床に叩きつけられる。

 その拍子に、テレビの電源が切れた。


「静! どうしたんだっ!」


 何かが落ちる『ゴン』と言う音を聞きつけ、慌てて勝が走り寄る。

 話中の緊急電話を切り『静の実家』に電話する。緊急事態だっ!

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