恋路の果てに(二十四)
山崎は頭の上に『!』を表示させていた。本部長は『軍の関係者』だったのだろうか。しかしそれを、直接本部長に聞いては、失礼だとも思った。
だって、『少佐より偉い人』と漠然と考えていたのは、山崎自身だったからだ。
別に軍人でなくても良かった。政治家とか、政治家とか、政治家とか。とにかく『社会的に石井少佐を抑えられる人』であれば、別に誰でも良かったのだ。
軍の階級は良く知らないが、少佐よりもきっと大佐の方が偉いのだろう。ここは本部長の提案に乗ろう。
山崎は頭を下げた。
「よろしくお願いします」
本部長は、笑顔で両手を前に出して振る。
「もし、『少将』とか紹介されちゃっても、大丈夫?」
本部長は笑っている。しかし山崎には何がおかしいのか判らない。
「えーっと『少々』ですか?」
「そう。『少将』」
山崎が、特に驚いている様子はない。本部長は安心して頷いた。確認のため山崎が、もう一度聞く。
「『少々お待ちください』の『少々』ですか?」
不思議そうな山崎の顔を見て、本部長は考える。一体どうして『そう言う例文』になったのか。理解し難いが、最近の若い子はそうなのだろう。
それとも、そういう『シチュエーション』に、憧れているのだろうか? それでも本部長は、頷いた。
「そう! 『少将お待ちください! (あーれー)』の、少将ね」
両手を挙げて本部長が踊っている。それを見て山崎は『何だか伝わっていない気がする』と感じたのだが、最早それは、どうでも良くなった。
山崎は√2回頷いて微笑み、小首を傾げた。
「お手数お掛け致しますが、よろしくお願いします」
それだけでなく、しっかりと頭を下げるのも忘れない。
頭を上げると、本部長が笑顔で『頭をあげて』と、まだ語っているではないか。山崎は安心した。
「あぁ、任せといて。山崎ちゃんは勿論、弓原家、山崎家のご両家にも、恥をかかせないようにするからね」
再び、山崎から笑顔が消える。本当にこの人、怖い。
「所で、式場は決まったの?」
本部長は笑顔のままである。
「まだです」
話題が変わって、山崎は少し笑う。
「そう。九段下にある『軍人会館』なんて、どう?」
本部長は笑顔だが、少し『強制感』もある言い方だ。
「いえ、軍関係の所は遠慮致します!」
きっぱりと言い切る山崎からは、既に笑顔が消えている。
「そうなの? 良い所らしいよ? お安いし」
本部長は相変わらずの笑顔だが、目が少し大きい。
「本当に、大丈夫です」
そう言って山崎は、苦笑いで手を横に振り始めた。
本部長はそれを見て『遠慮』の方向を見誤る。
「大佐にお願いすれば、好きな日時で予約できるけど? どうする?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!」
山崎は、まるで千手観音のように手を振り千切った。
「あらー。そうかぁ」
どうやら、完全に『振られた』ようである。物理的にも。
「じゃぁ、新婚旅行は、何処に行くの?」
「まだ具体的には決めていないのですが、『箱根』にしようかと」
山崎に笑顔が戻った。少し口元が引きつっているが。
「あぁ。『富士屋ホテル』良いよねぇ」
何? 何で判る? 盗聴していたの? 絶対そうでしょ!
そう思うのを隠すように、山崎は無理に笑う。
「えぇ。そこも素敵な所と伺っています」
「だよねぇ。期間は、二泊三日?」
「えっ! え、ええ。都内のホテルで式の後一泊して、翌日から二泊三日できたらなぁって」
「のんびりできそうだねぇ。うん。良い旦那様だねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「でものんびりしたかったら、別荘でも良かったんじゃなぁい?」
ヒュッと本部長に指さされ、山崎は黙った。




