恋路の果てに(二十三)
山崎は笑顔で本部長を見つめる。
二人っきりの薄荷乃部屋で、女の子にお願いされたら、本部長だって優しくなる。彼にとって見れば、山崎は『孫』みたいなものだ。
「なにかなぁ?」
ニッコリ笑って首を横にする。ちょっと可愛い『おじいちゃん』のようだ。山崎は頷いて、本題に入る。
「実は、助けて欲しいんです」
顔の前で手を合わせている『孫』を前にして、助けないおじいちゃんはいない。
例えそれが毎月十五日の『年金支給日』でなかったとしてもだ。
「どうしたんだい? 誰かにいぢめられたのかい?」
本部長は困った顔をして、首を横に傾けて聞く。その優しい眼差しに、山崎は頷いた。
「はい。そうなんです」
ちょっと甲高く、ゆっくり目の優しい声で答えた。
二人の様子は、本当のおじいちゃんと孫の会話のようだ。
「いぢめるのは、たかしちゃんかい? それともすすむちゃんかい?」
今度は幼稚園の先生のように聞く。目も笑っている。
山崎は『誰やねん!』と突っ込むのを我慢して、とりあえず反対側に首を傾斜する。
そんな山崎の様子を見て、本部長も真似をするように、反対側に体全体を傾ける。
「えーっと、いじめるのは石井『隆』少佐かい? それとも井学『進』大尉かい?」
そう言って、本部長は、またまた反対側に首を傾げて、小学校低学年担当教諭のように聞く。
しかし、聞かれた山崎の顔に、もう笑顔はない。顔の前で手は組んだままだが、顔から血の気もなくなって行く。
「どどど、どうしてそれを。なぜ」
「あら、当たっちゃったみたいだねぇ」
目を見開いている山崎を見て、本部長も理解したようだ。
山崎の様子は、悪くなっていく一方だ。
慎重の上に慎重を重ねてきたのに、直属の上司のフルネームや階級まで『ご存じ』なのだ。信じられない。こんなことあるの?
一体どこまで『ご存じ』なのか。考えたくもない。
もしかして『夜の一部始終』まで、知っているんじゃないか? そう勘繰りたくもなる。
本部長は両手を広げ、口をへの字に曲げている。『知らないとでも思っていたの?』という顔だ。
その顔のまま、山崎に言い放つ。
「『仲人』なら、孝雄ちゃんにお願いしてね!」
首を曲げて困った仕草。言われた山崎は、再び思う。
『誰やねん!』と。
「えーっと、高田部長ね。彼『仲人が趣味』だから」
再び本部長が翻訳してくれたのだが、今度は山崎に驚きの顔はない。
頷いて『あぁ。あの人、孝雄って言うんだ』と思うだけだ。いや、先に否定しておかなければならない。
「いえ、仲人は結構です。新郎側と相談しないといけないので」
そう言っておけば角が立たないだろう。山崎は落ち着くために、深呼吸を試みる。
「あらそう。『次が、ちょーど七百三十一組目だ』って、言ってたのになぁ。うーん。それは残念」
「ヒッ!」
いやいやいやいや。この人怖い。怖すぎる。深呼吸も途中で止まってしまった。
目をパチクリさせ、過呼吸気味の山崎を見て、『案外だらしないなぁ』と思ったのだろう。
先に本部長が提案をする。
「新婦側挨拶のご依頼かな? 少佐より偉い人?」
本部長は笑っていない。お願い事項を正確に言われてしまった山崎にだって、最早一片の微笑みもないのだが。
山崎は声もなく頷いているだけだ。それでも本部長には通じたようだ。笑顔に戻って答える。
「じゃぁ、大佐にお願いしてみるよ」




