恋路の果てに(十八)
使われていない部屋に人影が二つ。この部屋で『待機』を命じられて、今日で一週間。いい加減飽きて来た。
それに、そろそろベッドのシーツを変えて欲しいのだが『使われていない部屋』なのだ。変えてくれる訳もない。
それでも『いつもの寝床』よりは、数百倍はマシである。
なにしろ、備え付けられたベッドは曲がりなりにも『ホテル用』で、フッカフカなのだ。
シーツが少々臭い位で文句はない。それよりも何よりも『一人ひとつ』のベッドがある。それが良いではないか。
二人はカーテンの隙間から、望遠鏡で外を伺っている。星を狙っているのではない。窓は締めたままで、望遠鏡はほぼ水平だ。
しかし、その先の景色は、星と違って『ピクリ』とも動かない。その景色は、まるで『死の世界』である。
すると突然、状況が変化した。
「おーい。明かりが点いたぞぅ」
のんびりとした声。緊迫感がない。望遠鏡を覗いていた男が、もう一人の男に声を掛けた。
「へいへーい」
何やら装置を操作する方の男も、のんびりとしている。こちらも全然やる気が感じられない。
理由は簡単明瞭だ。
それは、これまでの一週間、ずっと行って来た『毎度のこと』であるからだ。
「お姉ちゃん、随分早いお帰りだね。忘れ物かな?」
そう言って時計を見る。『チープカシオ』は暗闇でも文字盤がくっきり。
「何時ですか?」
録音装置のスイッチを押したのと、同時に聞く。
「教えてあげなーい」
望遠鏡を覗いている男が、ぶっきら棒に答える。
「黒松さん! ちょっと、記録するんですからぁ」
そう言いながら、黒松の左手を掴み、ちょいと捻って直接見ようとしている。
「馬鹿黒井! やめろよぉ。ピントがずれるだろうがっ!」
そう言って黒松は、その腕を振り解く。しかし黒井も黙ってはいない。これは任務なのだ。
「黒松さん! ちょっと、記録するんですからぁ!」
語気を強めて言い放ち、もう一度左手をグッと掴むと、時計が見えるように捻った。
「いててっ! この馬鹿力!」
「ちょっと見せなさいって! こらっおとなしくしろっ!」
「お前も時計くらい買えよ!」
「いいじゃないすかぁ。売ってないでしょうがぁっ」
「どっかから拾って来いよぉ」
「嫌ですよぉ。あれ? ちょっと黒松これ、チェンジした?」
「うるせーな! 良いだろ! 二本持ってんだよぉ」
「じゃぁ、一本下さいよ!」
「やらねぇよ。電池切れちゃったんだよ」
「じゃぁ、切れてても良いから下さいよ」
「嫌なこった。そっちの方が『お気に』なんだよ!」
「じゃぁ、これ下さいよ!」
「駄目だよ。今、時間判んなくなっちゃうじゃーん」
「何だよ! ケチ黒松! ケチケチケチケチィィィッ」
「お前、馬鹿黒井! 自分で録音ボタン押しといて、グチャグチャうるせーんだよ! 静かにしろよ!」
「ケチ黒松が時間教えてくれれば、俺だって黙ってるんだよ!」
「知るかよ! フロントまで行って、時計見て来いよ!」
「何で四階から一階まで行かないといけないんダヨ! エレベータ壊れてんだろっ!」
「良いじゃん。階段で行けよ。良い運動になるだろ? ホラ、さっさと行って来いよ!」
「行かねぇよ! 外出禁止って、言われてただろうがっ!」
「何だよ。黒沢にバレなきゃ問題ないだろうがっ!」
「お前、その黒沢にバレたら命がないだろうがっ!」
「あー、そしたら泣いてやるよ。『馬鹿な奴だった』てなっ!」
「なんだと? ごらぁっ! ハイ見えたぁ。二時はーん」
「てめえ、何勝手に見てんだよ!」
「見えちゃったんだよ。ばーかばーか!」
「ふん。お前の方が馬鹿じゃねえかよ。端末の隠し場所忘れちまったり、暗証番号忘れちゃったり。命幾つあっても足りねぇよ!」
「良いじゃねえかよそんぐらいぃ。何とかなってんだかさぁ」
「フォローするこっちの身にもなれよ!」
「フォローさせてやってんだよ。ナンバー十八は、二時半っと」
「何だ? その態度。もう知らねぇからな」
「ハイハイ。録音中だから、静かにしましょうねぇ」
「チッ。何だよムカつくなぁ。あぁ、馬鹿黒井、この時計十五分ズレてるから。補正よろしくぅ」
「てめぇこの野郎! 出発する時に黒沢と『時計合わせっ!』ってやってたろうが! 何やってんだよ! しんじらんネーヨ!」
紹介が遅れたが、二人は『東京地下解放軍』の諜報機関『ブラックゼロ』の構成員である。




