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恋路の果てに(十七)

 フロントを会釈だけで通過した徹は、一旦『田端タバコ店』を目指す。そこまで行けば最初の『ラストチャンス』だと思った場所、エレベータホールまでの道順が判る。

 徹は時計を見たが、暗くて良く判らない。まぁ、時間は多分問題ない。そう思うことにして、帰路を急ぐだけだ。


 しかしこんな怪しい場所で、朱美を一人にして良いものか。

 それも考えたのだが、そもそも朱美はここへ一人で来たのだ。

 それに朱美にとって、一番危険な輩は『弓原徹』という男に違いなかった。

 そう思うことにして、徹は小走りになる。とりあえずは『自分の安全』を、第一にすべきだと帰結したからだ。

 角を曲がって通りを一本渡る。『田端タバコ店』の所で立ち止まり、さっき使った『赤電話』を眺める。


 どうやったのか知らないが、『タバコを買って来い』と言っていた『横柄な飲み屋のママ』は、きっと朱美なのだろう。

 それにしても、芸達者なこと。全然判らなかった。

 そう思っていると、徹の後ろから男の低い声がする。


「動くなっ」


 言われたと同時に、背中に多分『拳銃』を突き付けられた。徹は驚いて両手を挙げる。

 こんな所で強盗か? いや、ここだから強盗だ。徹に抵抗する気は一切ない。


「手は降ろせ」


 言われた通り、徹は手を降ろした。そこで後ろの男が再び指示をする。


「振り返らずに返事だけしろ。但し、返事は全て『はい』だ」

「はい」


 何だか判らない指示に、徹は素直に『はい』と答えた。男は話を始める。それは徹にとって、意外なものだった。


「弓原少尉だな」「はい」

「昨日、八戸に上陸したな」「はい」

「イー407から来たな」「はい」

 そんな質問を受け『この男、良く知っているなぁ』と、感心している場合ではないのだが、そう思うしかないではないか。


「よし。良いかよく聞け」「はい」

「貴様は、三日前から『イー407』には乗艦していない」

「え?」

 多分返事が『はい』ではなかったからだろう。ぐっと背中の圧力が強くなる。まるで『次は撃つぞ』の脅しだ。

「あっ。はい!」

 当然徹は『はい』と答えるしかない。


「艦長の上条中佐を知っているか」「はい」

「話を合わせてある」「はいぃ?」

 どういうことだか判らない。後ろの男は、中佐の知り合いなのだろうか。だとしても、何故にそんな『擦り合わせ』が?

 しかし後ろの男は、尚も続ける。


「晴嵐の鈴木少佐を知っているか」「はいっ!」

「彼は死んだ」

「えええええっ!」

 また背中が痛くなった。さっきより痛いではないか。

「あああっ。はいっ! はいっ!」

 慌てて答える。後ろの男は、淡々として抑揚のない喋りで続ける。

「実は生きている」

「えええっ! はいっ! 良かったぁ」

 自分が命の危機にあることは、すっかり忘れていた。

「全部覚えたか?」「はい」

「じゃぁ、復唱してみろ」「はい」


 そこで、しばしの沈黙が流れる。


「ふざけてるのか? 『復唱』してみろって言ったんだ!」

 後ろの男が、初めて声を荒げた。徹は驚いて復唱を始めた。


「あわわ。私は三日前から『イー407』には乗っていません! 晴嵐が海に墜落して、乗れなかったんです! 鈴木少佐はサメに襲われて亡くなりました!」


「良し。質問を一つ、許可する」

 男の声は元に戻っていた。しかし『背中の銃圧』はそのままだ。


「中島は、同期の中島中尉は、元気でしょうか?」


 暫時返事なし。そっと振り返ると、誰もいないではないか。

 カランという物音に驚き見れば、それは古い『モップ』だった。

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